【前回の記事を読む】大谷翔平が高校1年の時に書いた「人生の目標設定」。年齢に多少のずれはあるが、なんとここまで彼の人生はまさに「筋書通り」

第一章 人生計画入門

大谷翔平選手の人生計画

大谷翔平選手が将来の野球人生を計画した時に使ったマンダラチャートが、『道徳5 きみがいちばんひかるとき』(光村図書出版)に出ていた。

どんなものか。教科書に出ているマンダラチャートは手書きで読みにくいので、中央の3×3だけ活字で表示する。

この表の中心となる「目的」は、中央の「ドラ1/8球団」である。プロ野球チームがアマチュアの新人選手を選ぶための会議で、各球団が順番に選手をドラフト(指名)する。

その時、8球団から1位指名されるという意味である。そして、その周りの8つの欄には、その目標を達成するのに必要な要素が入っている。

日本のプロ野球はセントラルとパシフィックの2リーグで、各6球団、合計12球団ある。それなのに、なぜ12ではなく、8なのか。実はそれまで半世紀以上にわたるドラフトの歴史の中で、最も多くの球団が1位指名で競合したのは、1989年の野茂英雄(新日鉄堺)と翌90年の小池秀郎(亜大)の二人だった。

それまでの記録が8球団だったのだ。それで大谷は12球団でなく、8球団から1位指名を目標とした。ところが、大谷は高校卒業前に、日本ではなくアメリカの大リーグ挑戦を表明した。

それで、2012年のプロ野球ドラフト会議で、日本の球団は1位指名をしても来ないと考えて指名しないのが大半だった。唯一の例外は北海道日本ハムファイターズだった。

当時の栗山英樹監督と球団の熱意あるプレゼンテーションで、大谷は日本ハムへの入団を決意した。大谷の才能を最大限に引き出すため、彼の二刀流をサポートしたのはこの栗山監督だった。

栗山監督の元には黒木知宏投手コーチや柏原純一打撃コーチなど優秀なコーチが揃い、その指導を受けた彼は将来、投手としても打者としても成功するのだから、まさに運の強さを示す出来事だった。

余談であるが、栗山監督は名前が同じということで、北海道の栗山町と縁ができ、以来、深い交流が続いているという。朝日新聞(*1)によると、栗山監督は人口減少に悩む栗山町の「町おこし」のため、栗山高校に女子野球部を創設したという。