お近は驚いて振り返った。見れば筍掘りの長い鶴嘴を肩にして、垢染みた着物、泥塗(まみ)れの草履、日にやけた赭(あか)い顔に外れそうな頬冠り、これが今から六、七年前には、自慢の咽喉(のど)で伊勢音頭を歌って、近在から集まった盆踊りの娘逹の若い血を燃やした男とはどうしても見られぬ。

それは東作であった。お近は一目見て真っ赤になった。

東作も此の辺では見馴れぬ都会の女の装いを、物珍らしげにキョロキョロ眺めながら近づいたが、流石にお近の顔、殊に娘時代の誇りであったその可愛い眉を見て、思わず立ち止まった。

「お近さあですかい、お久し振りでがすの」と大儀そうに頬冠りをとる。

ああ妾(わたし)が東京に嫁ぐという前の晩に、お宮の華表の蔭で泣いて泣いて泣き別れをした男の挨拶は、これだけかと、お近は何だかひどく侮辱されたように感じた。

「貴方も御達者でございますね」

「御蔭でまあ今年も無事で筍掘りができました。何(な)にせ斯(こ)う諸式が高くなっては筍ぐらいじゃ追い付きませんでね」と言いつつ鶴嘴を肩から下ろした。

お近が新しい世間を見てる中(うち)に、東作はやっぱり昔のままで筍を掘っていた。

その筍の話から続いて藪を売るという話が出た。それについて御宅へも御相談が願いたいから、今夜ゆっくり御伺い致しましょうという言葉を後にして、土臭い男と白粉(おしろい)臭い女とは左右に別れた。その見苦しい男の後ろ姿を見た時には、お近は嘲笑わずにはいられなかった。

其の晩東作は筍三本を綺麗な包みにして、東京へのお土産にと持って来た。東京と藪の村とはまだ時代の距(へだた)りが遠かった。

お近はとにかく自分は時代の女であるという誇りを、吾知らず抱いた。

翌朝早くお近は東京へ発って行った。筍は持って行かなかった。―(終)―

墓の土

壊れかかった竈(かまど)の蔭に蟋蟀(こおろぎ)の喞(すだ)く時節となって、棗(なつめ)も赤く熟し、柿の渋も九分まで上がった。

寂しい秋は復(また)廻って来た。去年よりも一昨年よりも殊に一層の寂しさを齎(もたら)して今年の秋は廻って来たのだ。

 

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