【前回の記事を読む】人類が初めて石器を作ったのが約200万年前。石器技術に変化があったのは7万年ほど前。つまり人類の進化は約200万年近く…
第一章 ナイロビ
その三 ホモ・サピエンス
二つの器具の組みあわせは、それだけ壁が高かった。
人類は生きるためにモジュールを使う、使うせいで進化がとまる。われわれでも陥りがちなワナだ。
その宿命的な欠陥のため人類の進化は、ヒト属の最初の種であるホモ・ハビリスから、ホモ・サピエンスを経て都合二百万年は停滞した。
この長すぎる間、同じことをずっと繰り返していた。これがわれわれの先祖で、おなじヒトという生き物らしい。
「ところがね」と言って、JJはムカミをみつけ手をあげるが、ラウンジは相変わらずヒト属とことばで花やかだ。
遠くで「飲み過ぎよ」とかぶりを振っている。だが止まらずに、またウィスキーを追加する。生きるために飲む、飲むせいで停まる。唯井としては頭が正常なうちに、この展開が読めない話の先が知りたかった。
「ここについに変化がおきるね。これが人類史における『文化の爆発』なんだ」
JJは得意げな顔で唯井の反応を窺ったが、よく分かっていないようすなので、「では」とまた語りはじめた。
「さっき言ったおよそ七万年前を境に、ホモ・サピエンスのモジュールに大異変が発生するね。ついにこのモジュール同士の壁が崩壊する事態が起きた。崩壊時期は学者により異なるが、おおむね四万年ほど前としておきましょ」
よくよく説明を聞けば、『文化の爆発』とは「文化的特異点」のことを指しているようだ。
つまり、偶発的な出来事によりそれ以降の文化を一変させた事象のことで、人類史ではとくにこの最初のものを「文化の爆発・ビッグバン」と呼んでいる。
ほかにも「火の使用」や「紙の発明」がそれに該当する。時代が前後するが、言語や文字の使用もその一種になる。
この時代の遺物を包含する地層から出る人工物が、急に上質で多彩になった。
とくにアフリカやユーラシア大陸で。木の柄に蔓でくくり付けた石斧や、木の棒の先端に石の尖頭器を付けた石槍。同じサイズに作られた大量の石刃石器や、骨の釣り針とぬい針。穂先に尖った骨を付けた骨角器の槍、さらになんと槍を投げるための投擲器(とうてきき)まであらわれた。