16 在原業平 (八二五~八八〇)

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして

(自分ひとりは昔ながらの自分であって、こうして眺めている月や春の景色が昔のままでないことなど、あり得ようか) 

「月やあらぬ」は「月や昔の月ならぬ」の略である。『伊勢物語』第四段で詠われたあまりにも有名な絶唱歌である。

清和天皇皇后である高子(たかいこ)は藤原家の貴姫で、少女の頃業平と激しい恋に落ちた。二人の仲は高子の兄藤原基経に引き裂かれようとしたが、業平はついに姫を盗み出して背に負って逃げる。ところが、姫は基経に奪い返されてしまい、宮中奥深い所に嫁いでしまった。

一年経って業平は姫が住むところにやってきたが、当然業平が立ち入れる所ではない。折しも月が出て梅の花が匂ってきたので、懐旧の情に堪えきれずこの歌を詠い、板敷きに伏して夜を明かしたのであった。

月は去年のままの輝きであり、春は同じ春景色であるはずなのに、失われた過去はもう戻らず、自分の境遇はすっかり昔とは異なったものになってしまった、と嘆くのだ。ひとり嗚咽する業平がここにいる。物語から切り離してこの一首をみても、遠い青春の追憶の情にたえない名作である。

業平は平城天皇皇子阿保親王の第五子で、母は桓武天皇皇女の伊都(いと)内親王である。前出の行平の六歳下の異母弟である。文徳天皇皇子の惟喬(これたか)親王(母方の甥)に仕えた。出世裏街道を歩んだが、後に、昔の恋人であった皇太后高子(たかいこ)によって蔵人頭という要職に抜擢された。

業平といえば伝説的な美男の代表である。『日本三代実録』には、「見た目が秀麗で物腰が優雅、性格は自由奔放、学問はあまりできないが、良い歌を作る」と書かれている。歌人としては、たぎる思いや情熱をさらりと詠み、軽妙で美しい歌を多く作る天才肌の人であった。

『古今和歌集』仮名序で紀貫之は、「その心余りて詞たらず。しぼめる花の色なくて匂ひ残れるがごとし」、つまり「気持ちが溢れすぎて表現が不十分。色あせた花の香りが残っている」と評価している。これはそれほど悪い評価ではなく、あまりにも詩情の量が多すぎるので、詞には完全に収まりにくいことを言っているのだろうと私は思う。業平は平安初期を代表する歌人と言って間違いない。勅撰入集は八十六首ある。

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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