豊島郡衙(としまぐんが)

加奈子と香織は、同じ文学部といっても専攻が違うので、一緒に講義を受けることはあまりなかった。しかし、毎日といっていいほど、校門の前で待ち合わせては、よく二人で東京の街を散策した。そんな生活が三年も続いている。すでに二人はかなりプライベートなことまで打ち明けるほどの親友になっていた。

二月の受験シーズンも間近に迫り、校内にもどことなく緊張感が漂い始めた一月の末のある暖かい日、二人はいつものように校門の前の銀杏の木の下で落ち合い、大学の前の駅から都電に乗って飛鳥山(あすかやま)まで行き、そこから徒歩で桜の名所として名高い飛鳥山公園に向かった。

その飛鳥山からさほど遠くない北区の尾久(おく)駅の近くにある昭和町の自宅から加奈子は大学に通っていた。

「ほんとにここは桜の多いところね。いったい全部で何本ぐらいあるのかしら」

香織は辺りの桜並木を眺めながら言った。

「さあ、何本かしら。子供の頃からよくここに来て遊んだけど、そんなこと一度も考えたことはなかったわ。でも、どうしてそんなこと聞くの」

「享保六年には、千二百七十本だったことが分かっているからよ」

「え? 香織、どうしてそんなことを知っているの」

「どうしてって、ここの桜は八代将軍の吉宗が初めに植樹したんでしょう。享保五年に二百七十本、そして翌年の六年にはさらに千本を植えたって、飛鳥山の案内書に書いてあったわ。今から二百五十年ほど前、西暦で言えば、一七二〇年頃のことよ」

「そうなの、知らなかった。灯台下暗しってこのことね。地元に住んでいると却って自分たちの歴史に疎(うと)いものなのかもしれないわね」

「地元云々というより、興味の問題じゃないかしら」

「そうね、香織は国文学が専攻だものね。わたしの生まれた昭和町やこの飛鳥山付近の昔のことも教えてもらおうかしら」

加奈子は冗談まじりにそう言った。

「いいわよ」

「え? ほんとに知っているの?」

「少しはね」

「信じられない」

加奈子はそう言いながらも、自分の生まれた土地の過去に興味を持ち始め、故郷の歴史について香織に素直に尋ねる気持ちになっていた。

「それで、どんなことがあったの?」

香織は、遠くを見つめるように視線を僅かの間虚空に彷徨(さまよ)わせてからゆっくりと話し始めた。

「郡衙の正倉って知っている?」

「ぐんがのしょうそう? 何なのそれ」

「租、庸、調なら知っているでしょう」

「昔の税法のことでしょう」

加奈子には、そのことを高校の日本史で教わった記憶があった。

「そうね。最初の租は稲で納める税のことを言うんだけど、その租を徴収する郡の役所を郡衙と言い、納められた稲を保管していた倉を正倉と言ったの。そして、この飛鳥山の南麓付近にも、千三百年前から二百年ほどの間、豊島郡衙と呼ばれた地方の行政機関とその正倉が置かれていた時代があったの」

「そうなの? 初めて聞いたわ」

香織はそんなことまで知っているのかと、加奈子は少し驚いた。

 

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