母が減塩仕様の食事を用意してくれていた。
「どうぞ」
「見た目は勝ってます」
「味も勝ってる」
一口。
「……優しい」
「褒めてないでしょ」
「いや、これは優しさです」
病院食よりはるかに良かった。
だが脳はまだ濃い味を覚えている。舌と記憶の戦いが始まった。
調味料コーナーが変わっていた。
減塩醤油、減塩味噌、減塩だし。
「実験室みたいですね」
「研究分野だから」
母は真顔だった。
「外食どうする?」
「まず練習」
「何の」
「断る練習」
それは難易度が高い。
生活ログをつけ始めた。
体重、血圧、尿量、むくみ。
服薬チェック。
退院指導で言われた通りだ。記録は面倒だが、武器になる。
グラフにすると面白いことが分かった。
体はちゃんと反応している。良い行動には、わりと素直に応える。
だが問題が起きた。眠れない。
ステロイドの影響は、退院したら終わりではなかった。
ベッドに入っても脳が活動中だ。
深夜2時、私はキッチンで減塩せんべいをかじっていた。
「健康的なのか不健康なのか」
判断が難しい。
さらに問題。情緒が揺れる。
朝はやる気満タン。昼は不安。夜は落ちる。
ジェットコースターは自宅まで延長運転していた。
母が言った。
「それ、薬」
「便利な説明」
「でも事実」
副作用は“気合”では止まらない。
退院3日目、最初の外来だった。
病院に“通う側”になると、景色が変わる。
入院棟は裏口、外来は表玄関だ。
待合室の人の多さに驚いた。
「こんなに仲間が」
「仲間言うな」
母に突っ込まれた。
採血。
「おかえりなさい」
採血の看護師が言った。
「帰ってきました」
「ここ、そういう人多いです」
名誉なことではないが、少し安心する言葉だった。
結果待ちの時間は、やはり長い。
カフェスペースで減塩サンドを食べた。
「味、します?」
「ギリギリ」
「進歩」
母はポジティブだ。
次回更新は6月15日(月)、16時30分の予定です。
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