「おつとめ、大変でしたねえ」
おもちゃ屋のおやじが、爺さまの背中に手をかけた。
「なんの。永楽のときの方孝孺(ファンシャオルー)にくらべれば、わしなど足下にもおよばんわい。方孝孺(ファンシャオルー)は、一族もろとも滅びても、正しいことを曲げなんだ。ああいう人が出て来るうちは、まだまだ世の中、すてたもんではないわいの。しかし、保身と、懦弱(だじゃく)と、卑怯が世にはびこるようになると、誰も、なにも言わなくなる。
生命が惜しくて、無法がおこなわれていても見て見ぬふり、知らんぷり、そんな気風が蔓延すれば、住むにたえぬ世の中になってしまうわいの。そんな世の中は、ごめんじゃ。東廠、何するものぞ! ほっほほ、そういう気概は、もっていたいのう」
「お見それしました、先生!」
おもちゃ屋はすっかり感服のていである。私は、なかば感心もしたが、なかば迷惑も感じていた。まきぞえを食うのは、勘弁してもらいたい。
「ご高説、もっと聞かせてもらえませんか?」
おもちゃ屋がそんなことを言うものだから、にらみつけた。こちらの意中を察したか、彼は爺さまの背中をおして、うながした。
「あっちで酒でもやりましょうよ。てまえは子供相手のおもちゃをつくってるんですがね、いや材料さえいいものが手に入れば、ちゃんとした細工もつくってみせますよ。もとは宦官でして……」
悪いことにならねばいいが。
「叙達(シュター)」
苦力ふうの男がぼそりと口にしたのは、わが字(あざな)であった。
「叙達(シュター)、わしじゃ。わからぬか」
男は、髪――いや、髪だと思っていたのは、かつらだったのだ――をずらして、禿頭をみせた。
「曇明(タンミン)師!」
太い眉の下で、少年のような目がわらっている。
「ど、どうして、変装などを……?」