小児神経4 子どもたちの笑顔の向こうには
学生時代、土曜の午後は、太平療育園(秋田県立医療療育センターの前身)でボランティア活動をして過ごした。自分の足で何とか歩ける子ども、歩行器や車椅子を使わなければ移動できない子ども、自力では全く移動できない子ども……。施設にはさまざまな子どもたちがいた。
そんな中、元気に走り回っている入所間もない男の子がいた。普通の小学生と変わらない活発な姿に疑問を感じ、入所した理由を先輩に尋ねてみた。「あの子は、デュシェンヌ型筋ジストロフィーだよ」初めて聞く病名だった。
帰宅後、医学事典で調べてみた。「伴性劣性遺伝で患者は男子のみ。筋線維が壊死し、全身の筋力低下が緩徐に進行する。小学生のうちに歩行困難となる。原因不明で治療法はない」元気なあの子の姿からはとても想像できない内容だった。後日紹介された同じ病名の20歳近い男性は、寝たきりで食べることも話すことも大変な状態だった。
その後も、私は子どもたちと一緒に楽しく遊ぶボランティアとして通い続けたが、病気のことはなるべく避けていた。普通に話せる子どもでも、自分の病気のことを私たちに話すことは、ほとんどない。快く私たちを受け入れてくれるのは小学生が中心で、思春期以降の子どもたちは距離を置いているように感じた。
このまま楽しく遊んでいるだけで良いのだろうか。あの笑顔の向こうにある、悲しみや苦しみに目を向けなくていいのだろうか。病気や障害という現実に、自分たちも一緒に向き合ってこそ、信頼関係を築くことができるのではないか。
七夕になると、子どもたちが書いた短冊の飾り付けを手伝った。一番多いのが「早く病気が治りますように」の一文だった。おそらく子どもたちは自分の病気のことを知っている。治らないことを知っているからこそ、「治りますように」と願うのだ。いつからか、その願いは医学生である自分たちに向けられていると思うようになった。
もともと外科医に憧れていた私は、ボランティア活動と自分の将来は別と考えていた。しかし、次第にその考えは揺らいだ。
大学5年生の頃、隣接する養護学校の生徒会長をやっている高等部の男の子と親しくなった。ある日、彼は冗談交じりに言った。「澤石さん、お医者さんになったら、僕の病気治してよ」
――秋田魁新報 2012年9月25日掲載