「常識だ、馬鹿者」
笑いながら良三は何かが引っかかった。家を出てくる前に違和感はなかっただろうか、と。景浦も良三の表情が変わったことに気が付き、「どうした」と問う。
「いや、ウチを出る時、勉強中の若菜がやけに眠そうにしてたなぁと思ってよ。普段はまだピンピンしてる時間だったのに」
「なんだと?」
「部屋もな、勉強するにしちゃあちょっと温かすぎるくらいだったんだ。俺なら心地良すぎて確実に寝ちまうね」
「待て。ストーブはいつからつけてた」
「知らねぇよ。若菜の邪魔しねぇように別の部屋にいたんだからよ」
「換気してた様子は?」
「だから分かんねぇって」
言い切る前に景浦が深刻そうな顔で携帯電話を操作しはじめ、誰かに電話を掛けた。しかし繋がらない。
「誰に電話してんだ?」
「若菜だ」
「えぇ? おいおいよせよ。勉強の邪魔だぜ? 案外もう寝てるかもしれねぇしよぉ」
「それならいいんだが……」
時を同じくして今度は良三の携帯電話が震えた。すると景浦はどこか安堵した表情を浮かべる。
「若菜か? ははっ。おおかたワシからの着信でお前がここへいることに勘付いたんだろう。きっと怒ってるぞ。『景浦さんに迷惑かけないでって言ったよね』とかなんとか――」
「いや、山さんだ」
「なに? あの、溶接工の?」
「あ、あぁ」