一日目 中年ニート
八月下旬、テレビでは夏の甲子園が盛り上がりを見せていた。私と妻、可南美(かなみ)は、リビングの二人掛けのソファに並んで座り、テレビを観戦していた。
「すごいね、お父さん。明日高(あすこう)、まだまだいけるんじゃない?」
「んだな。このぶんだば、三回戦までは進むんじゃねぇが」
その年、県立明日葉(あしたば)高等学校野球部は、数々の強豪校を倒し、ついに準決勝まで駒を進めていた。地元のみならず日本中を巻き込んだ「明日高」の旋風はまだまだ続きそうであり、私もすっかり巻き込まれて興奮の中にいた。
「おいおい、えれぇごど(大変なこと)になった。こったところで(こんなところで)、のんびりしている場合じゃねぇ」
「何いってるの、あなたの母校じゃないでしょ」
妻は幾分あきれたような苦笑を浮かべて答えたが、私はひるまずにいい返した。
「そういう問題じゃねぇ、俺だって元高校球児だぁ。明日高ど、戦ったごどもあるんだど!」
ただし、練習に耐えられず退部する一年生までの話だが……。
すると、妻は苦笑を優しい微笑みに変え、つぶやくようにいった。
「でも、元気になってくれて良かった……。明日高ナイン、様様ね」
彼女が口にしたのは、単に私に活気があるとかないとかいった「元気」の話ではない。私は四年程前からうつ病を患い、無職の引きこもり状態だった。だが、甲子園の明日高旋風のおかげで、私は「甲子園に行きたい」という意欲があふれるほど「元気」になっていた。