【前回の記事を読む】戦艦大和のような「目に見える強大な物に価値を置く」という日本人の特徴が、日本のデジタル化の遅れに象徴されている

第一章 日本の社会・歴史

働き方改革

デフレは「麻薬」である。麻薬は、人の体と精神を蝕む。物価も給料も上がらない状態が、30年以上の長きにわたり続いた。ぬるま湯につかり、ゆでガエル状態が長い間続けば、このような「冴えない」状態が続く事は当たり前だ。

だからこそ「デフレからの脱却」は是非とも必要なのだ。

近隣の諸国は、ただ黙って「ほくそ笑み」見ているだけである。国力は、ゼロサムゲームだから、一国の縮(ちぢみ)は、他国の伸びとなる。日本が縮んでいる間、文句を言う、親切な国はない。

近年、デフレからの脱却が見えつつあるが、政府からの正式な発表は、まだない。ここ数年、日本では「働き方改革」が叫ばれている。

これは、「日本再興」の一丁目一番地でもある。それも、これも、長く続いた、デフレが原因だ。バブル期とは、1986年から1991年にかけての、何もかにも、物価が上がり、好景気に沸いた時代を指すという。その時代、3度の失政が重なった事はあまり指摘されていない。

一つは、バブルの弊害を意識せず、バブルを発生させた事だ。今から考えてみれば自分の身に、何が起こりつつあるのか、あまり意識せずに起こった事である。

もう一つの、大きな失敗は、そのバブルをやみくもに鎮静化させ、大不況を招いた事である。一度の失敗でも大きな事にも拘らず、2度失敗をした。それ等の失敗が、その後30年続くデフレの原因になった事は間違いが無い。

だから、改めて言えば、1度目の失敗はバブルを起こし、2度目は、バブルをやみくもにつぶし、3度目は、その後に長く続くデフレを起し、長い間対処できなかった事である。

失敗が3度続けば、致命的である。結果的に、35年も意に沿わない事を続けながら今を迎えている訳だが、責任は、誰も取らない。

今までは、失政の皺寄せの大部分が、「働く者」に来ていた。彼らに「リスキリング」の機会も殆どなく、休みも纏めて取れる機会も少なく、働く時間は限りなく長く、報酬はその逆に、限りなく安くという、はっきり言えば悲惨な状態で働く事を余儀なくされていた。長く続いたそのデフレの結果が、今の「安い」日本である。

残念な事だが、原因の一つは、我慢強い「働く者」にも起因していた。日本人の持つ特質の一つ、「大人しく我慢強い」が災いしたのである。

ここにも、大胆な「発想の転換」が必要だ。働く時間は何処よりも短く、賃金は何処よりも高く、休みは何処よりも長くありたい。素人判断で言えば、「日本式」を長らく続けて、デフレからの「脱却」が出来なかったのだから、思い切って全て「逆」をやってみるべきではないか。

それでは、「勝てない」というかもしれないが、「より良い待遇」が与えられない組織は、どんどん、退場して頂く。その代り、気軽に転職できるよう、「職を失ったり」「職を変える」事に対する手当を充分に施すべきだろう。

もう一つ、敢えて付け加えれば、これも「デフレ」の為せる業なのかもしれないし、「デフレ」に対処する為の、浅はかな処置だったのかもしれないが、正社員、パート、臨時等の、様々な「階層分け」を止めて、時と場合によって、変わる、「働き手の都合」に合わせた改革を実行すべきではないだろうか。

各種処方箋は、既に明らかになっている。米国では、定年が無い。

1986年の「連邦雇用差別法」(ADEA)の骨子は年齢差別の禁止、主な例外は、パイロットの65歳、管制官は56歳定年となっている。

自分が、何歳まで働くかは、自分自身の選択なのだ。