「関連年表Ⅰ(年表①②③)」をご覧いただこう。左側の年表は、第一の基準年に依拠して作成した年表(以下年表①と呼ぶ)である。
写真を拡大 関連年表Ⅰ(年表①②③)
各天皇の即位年は、それぞれの干支によって実年代を確定したもので、神功皇后紀の『魏志』の記事の引用によって、神功三十九年が西暦二三九年に当たることから逆算したものである。
年表①の記事は、『日本書紀』の記事の中から百済記関連の記事を抜き出して記述した。西暦三五二(応神一)年から始まる右側の年表は、第二の基準年に依拠して作成した年表(以下年表②と呼ぶ)である。
神功四十六年は応神十五年だと解釈し、神功四十六(二四六)年の記事を百二十年繰り下げた三六六年を応神十五年として新たに設定した。
この新たに設定した応神十五年の欄には、神功四十六年の記事(*1)と応神十五年の記事(*2)を合わせたものが入ることになる。
応神十五年以降の記事は、「神功皇后紀」の記事を順次百二十年繰り下げたものであるが、「神功紀」は六十九年まで続くので応神三十八年までは空白の欄を含め「神功紀」の記事で埋まることになる。
なお、応神十六年の「王仁」の記事だけは、応神十五年の阿直岐の記事(*2)につながるものなのでそのまま翌年に併記した。