この物語は地球圏の随所に横たわるカオスの惨状に焦点を当て、理想を求めて途方に暮れながらも希望を継ごうとする孤独な魂にエールを送る、SFシンクタンク・スペースロマンである。

高次元宇宙の貴人や英雄たちとの遭遇から、前編のユーモラスで感動の絶えない珍事を通じ、世界の難題と行き詰まる社会問題の打開策となる新機軸の政策論が後編で明かされる。

超頭脳を持つ賢者の叡智と博愛が、人類の尊厳を損なう根本の闇を暴き、普遍的な救済の道を開く。また、彼らの完成美学は先端技術革新の指針となる理念を示す。

悪夢の終焉を告げる歓喜に、憔悴した意識は蘇り、永久の賛歌を奏でる平和の調べが黎明の世に響き渡ることを慶び祝う。

一、地底湖の王女

春霞に煙る樹海に、亜熱帯の花木がういういしい緑を滴らせる秘境が伏在していた。森の縁に口を開いた水辺を、今にも歩き出しそうな林立するマングローブが取り巻いていた。

どこまでも続く九州南端の湿原を抜けた野道の果てに、陽光を跳ね返す新緑で囲まれた沼が忽然と無垢な姿を現した。見渡す限りヤシ科の黄花とハイビスカスの紅が織り合わさり、綾をなしている。白とほのかな桃色の優美な花びらが無数に水面を漂う。

湿地を彩る陽気な浮草のあいまを覗くと、静まり返った水の底は好奇の視線を吸い寄せる冥深の幻惑が揺らめいていた。人の世の艱難と混沌を映すに足る、玄妙を澱ませる沼だ。

〈底の知れないこの沼は、人の辛苦すら呑み込む度量を持っているのだろうか……〉

ジュラン(寿藍)は他愛もない思いを巡らせ、沼のほとりに立ち止まった。丸みある童顔に、憂愁の翳りが射している。無為に終わったかにみえる三十八年をがむしゃらに駆け抜けた苦労の痕跡が、やせ細った体に表れている。

彼女には沼を見たいという古い想念があった。近頃、沼へ行かなければならないと思い立ち、沼から沼へ旅をした。さまよい歩いてついに辿り着いたこの沼こそ、彼女が探し求めた幽玄を潜ませる底なしの暗がりがあった。

元来、地球の始まりが沼の如き塊だったとしたら、解かれざる人類の闇に等しい宇宙の全き暗がりに包まれた久遠の淵が、人にはあるのかもしれない――。名状し難い感慨がじわりと湧き起こってきた。彼女は日の傾きを気にもかけず、移ろう光と影の中で沼に思いを寄せていた。

水月が模糊と浮草の群がりに現れた。見上げると、朧月夜に雲の流れる端々を純白で彩る満天の星。眠りから覚めた地虫の群れが、郷愁を揺さぶる鳴き音を天へ放ち、夜の湿地に誇示する大合唱を響かせた。孤独な身の心細さは、春の追懐を誘う息吹にぬぐわれ、彼女は無心に月光と雲の移ろいへ意識を這わせていた。

静謐な月をよぎる雄渾な雲のあとを、満月が煌々と照らし出している。天空から降り注ぐ星々の光線が闇のとばりを裂き、湿地帯は神聖な光の祭典と化した。

底なし沼の行き止まりに黙然と立つ彼女は、輝映する金の光に染められていた。