記録はデータを物理化したものです。道具化とも言えます。

科学の土台は統計です。統計はデータです。

根っ子は同じですね。脳内です。

取り引きの範囲が広がるとこの交換の合間にある記録= データを持ち運んで利用できるようにしたいです。

記録を移動用に道具化したのが、コインや銅貨などです。

時代が進みます。紙を大量生産できて、バッグなどの入れ物が進歩すれば、より軽い紙幣に変換されます。インターネット革命が起きて、当然電子マネーになります。貨幣はただの記録なんですから当然です。

経済= 記録と集団力です。分業があるから経済が成り立つわけですから、やはり集団力が土台にありますね。もしそれでも経済の基盤は物々交換というのならちょっと聞いてみたいですね。

僕が家でカレーライスを食べているとします。妹が隣でやはりカレーを食べています。妹は肉が苦手で、僕はジャガイモが苦手だとします。僕と妹がその場で肉とジャガイモをとりかえっこします。それが経済の基礎だ、というのならばなんかおかしいですよね。

それは共有物の交換ですよね。家庭のカレーという共有物の中で行われる交換です。やはり、貨幣が間に入るくらい、交換の合間に、時間的、空間的に両者の間に解離がある条件下での交換行為を経済の基盤と呼んだ方が、僕的にはスッキリします。

貨幣= 記録= 文字、数字、記号という人間ならではの緻密なコミュニケーションの道具が使用されている行為を経済と僕的には定義します。

国家は集団力です。説明はいりません。科学も記録です。科学はある分野における法則性や真理を数学や文字で表現します。数字や文字で表現されているので、広範囲で共有されて知識になります。数字や文字は記録のためにあります。

集団が文字を共有することにより共通のイメージを脳内に持ち、集団力を結束して一致団結した文明を保ち、集団力を維持している。