【前回記事を読む】宗教が流行らなくなった理由は、不安を解消できないから? 現代社会が求める「神」の存在は……

第一章 脳内デトックスから始めよう
  ――革命とは初期設定の変換――

3 現代の3つの神

B 3つの神は集団力を土台とした幻想

例えを出します。僕が漁師だとします。魚がとれるのは夏です。でも毎日魚しか食べていなかったら身体に不調をきたします。

野菜や米も食べたほうがバランスがとれます。だから農家と取り引きをしたいです。

でも農作物が実るのは秋です。昔に冷蔵技術はありません。

だから取り引きをする時には、まず春に僕は農家に魚を渡します。そして渡した魚の種類と量を共有の岩に記録します。

秋が来たら、農家の人がその記録にそった作物を僕に提供してくれます。

これならば取り引きできます。ですから貨幣とは記録なんです。物々交換がその場でできるならば貨幣は必要ありません。

「経済の原点が物々交換だ」と言う方の盲点は、時間の観点とサービスの観点が抜けています。物々交換でなくても取り引きはあります。

親が仕事や何か違う用事で、子供の面倒を見れない時には、代わりに近所の人が面倒を見ていたとします。親はお礼に食べ物を近所の方に差し出します。

こんな感じのことが、僕の子供の頃にはありました。

この場合、いつもは親がやっている子供の面倒を見るという行為を一定時間代替してもらいます。その報酬に食べ物という物を差し出しています。

行為を一定時間代替してもらい交換として物を出す。

こんなことは人類は遥か古来やっていたでしょう。

この時に必要なのは記録です。

近い関係性で、報酬を差し出すまでの時間が短ければ、記録は必要ありません。お互いの記憶で済んでしまいます。

記憶は脳内データ。