【前回の記事を読む】10人産んだはずの女性が「子どもは9人産んだ」と言った理由とは。悲しい記憶は初めからなかったものにして…
第2章 知られざる2人
2・B 末治
〈附記2〉
ここで、この時代にあった代替わりについて考えます。
私の手元には佐藤兵助家の戸籍謄本と家系図があります。
おそらく多治右衛門家のスエが18代目佐藤兵助に嫁いだり、その娘のクニが小林俊二に嫁いできた関係で苫小牧にあったものです。
佐藤兵助家は通称「ウチムラ」と呼ばれていました。これは「集落の中心にいる」というくらいの意味です。集落周辺の「ソトムラ」に対応する意味があるようです。
この佐藤家の戸籍を見ると、途中で父親(もしくは祖父)の名前に改名する例がありました。また存命中に隠居として戸主から抜ける例もありました。
これはたとえば歌舞伎の世界のように、代々、佐藤兵助を襲名するようなものです。佐藤東右衛門家は佐藤兵助家の別家のようです。
同様のことがあったとしても不思議ではありません。本文で記しましたが「佐藤藤右衛門方の……」とあることから、末治を育てたのは東右衛門の長男の三八夫婦(もしくは2男東助)と考えられます。
そして代替わり(襲名)した長男(もしくは2男)が次の世代の東右衛門として末治を結婚させた可能性があると思います。
このような代替わりがあれば、満114歳10ヶ月の東右衛門を考えなくて済みます。