【前回の記事を読む】小林多喜二と三吾の間には隠された弟、末治が存在した! 戸籍の謎を紐解くことで見えてくる事実

第2章 知られざる2人

2・B 末治

私が平成24年(2012)の秋田県多喜二祭50周年記念「小林多喜二展」に参加した時のことですが、多喜二が日景國太郎に出した手紙の実物が展示されていました。セキが秋田に行った際にいろいろとお世話になったことへの礼状です。この礼状は昭和4年(1929)8月27日に出されました1。礼状の日付は、末治が昭和3年(1928)7月10日にチヨと結婚してから1年たった頃です。

推測の域を出ませんが、何かのついでを装って末治とチヨの間に生まれた赤ちゃんを見に行った可能性はどうでしょうか。この頃に赤ちゃんが生まれていたとすると、セキにとって初孫かもしれません。

末治とその次に生まれた3女ツギとの間がわずか10ヶ月しかありませんが、これくらい生年月日が近い年子も医学的に不可能ではありません。

生まれた児に母乳を与えない場合、妊娠によって止まっていた排卵の再開が早くなります。従って年子が生まれる確率が高まります。少し難しい話になりますが女性の性周期はいくつかのホルモンにより決定されます。それぞれの絶対量や相対的な量関係によります。

たとえば下垂体から出るFSH(卵胞刺激ホルモン)により卵巣で卵胞が成熟していきます。同じく下垂体から出るLH(黄体形成ホルモン)の急激な増加により成熟した卵胞から卵子が放出されます。これが排卵です。この卵子が受精しなければ肥厚(ひこう)した子宮内膜が維持できずに脱落します。これが月経です。

もし卵子が受精して子宮に着床するとプロゲステロン(黄体ホルモン)により子宮内膜はそのまま維持され妊娠が継続されます。妊娠中のホルモン動態は省略しますが、妊娠中に排卵が生じることはありません。従って妊娠中に別の妊娠が生じることはありません。出産によりホルモン動態はまた変化していきます。

この変化は児に母乳を与えるか否かで異なります。児を母乳で育てる場合は、母乳を出すためにプロラクチンというホルモンが分泌されます。このプロラクチンは同時に排卵を抑制する働きを持っています。そのため児を母乳で育てると排卵の再開が遅れます。これは次の妊娠可能な時期が遅くなることを意味します。

生まれた児に専念して育てるためには合理的なしくみです。もし生まれた児を母乳で育てなければ、次の妊娠可能な時期が早く来ます。この章で示した仮説のように、セキが生まれたばかりの末治と別れたとしたら、母乳を与えることができません。従ってすぐに年子を妊娠する可能性は高くなっていました。