一族について
多喜二の祖父多吉郎は、北秋田郡川口村二十四番地に小林多治右衛門の次男として生まれ、下川沿村川口拾七番地(現在大館市川口字長里二三六番地の二)斉藤壽美宅そこに分家になった。
長男慶義は安政六年十月十日生まれ、昭和六年六月二十日、北海道勇拂郡苫小牧町王子町二十三番地において死亡。(三ツ星製菓会社社長俊平氏は曽孫)/
父末松は二男で、慶応元年九月九日生まれ、大正十三年八月二日、小樽市量徳町一番地において死亡、同居者小林多喜二届出となっている。/
母セキは明治六年八月二十二日。釈迦内村木村伊八当主雄作氏の長女として生まれ、明治十九年十二月十七日、十三才のとき結婚している。/
兄、多喜郎は明治二十八年十一月十五日に生まれて明治四十年十月五日、小樽の伯父慶義方にて死亡、川口小学校時代は成績がよく特に習字のじょうずな人だったそうだが。/
長女ヤヘ明治三二年二月に生まれてまもなく死亡/
二女チマ明治三三年十二月二十一日生まれて、小樽郡朝里村佐藤藤吉と結婚、昭和四九年ごろ死亡/
二男多喜二明治三六年十二月一日(実際は十月十三日生まれ)昭和八年二月二十日午後七時四拾五分東京阪〈原文のまま〉東京市京橋区築地壱丁目弐拾四番地ニ於テ死亡同居者小林三吾届出仝月弐拾参日杉並区長魚井重太郎受附仝月弐拾六日送付糸田となっている。
1 安部貞一『安部家を辿って』私家版 2008年
2 小林三知雄(未確定)『小林多喜二に関する新聞形式の記事』 1978年2月20日
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