【前回記事を読む】職場にいる、“詩人タイプ”とは?…「ボクと社長だけが本気でこの会社のことを考えている」などと言って…
第一章 幸せなおじさんたちの罪
―崩壊する「科学技術立国」の現場
必敗の大企業文化
X社がわずか二年ほどで実質的な終わりを迎え、私の所属していたチームは親会社の敷地で発足したばかりのY社に移されることになった。
計十一人の若い社員は二年目にX社に入った人が中心で、移ってから三ヶ月ほどでAさんが異動になると、P氏に悩まされた初年度のメンバーで残ったのは私だけになった。
本来なら柔軟性を期待できるX社程度の規模の会社で私は仕事を続けたかったが、一年半ほど前にP氏の限界が明らかになった頃から、いずれ親会社の人たちに仕事を引き継いでもらうことになるのは覚悟していた。
親会社を敵視していた彼と異なり、私はW社の技術で親会社がビジネスをしたいと望むのは当然だと考えており、個人的な構想と合わせて仕事をY社の人に託し、適当なところで去ろうと思っていた。
私は親会社を好意的に評価していた。W社のような稼げない組織が続いてこられたのは出資している親会社が堅実なビジネスで社会的な役割を果たしている優良企業だからであり、社員も全般にまともな人が多いのだろうと推察していた。
そしてY社で新たにチームを率いることになったのは、V氏という人物だった。年齢はP氏より五歳ほど若く、三十代の終わり頃だった。
V氏の第一印象は悪くなかった。生産が本業の親会社にふさわしく、浮ついたところのない人だと感じ、ベンチャーの旗手を自任して熱くなるP氏と似たトラブルはおよそ起こしそうにない人だと私は最初の対面で安堵を覚えた。
しかし数回顔を合わせると、この人にも困ったところがあると思うようになった。感情が不安定なときが多く、攻撃的になりやすい物言いは、おそらく彼の不安や自信のなさを表していた。
彼と関わる機会のあった親会社の若い正社員たちはその性格を嫌っており、話を聞いているうちに、私たちX社の敗残兵は人間関係をうまくつくれない人を押しつけられたのではないかと疑わざるを得なくなった。