第二章 天真爛漫、青春時代
どんな芸術家でも最初は素人だった。
エマーソン
ボートがスキーに、そして二輪免許に化ける
ある日武司が学校から帰ると、古くて汚いスキーの板が玄関に置いてあった。
どうしてもボートの所有を許さない母が、武司に無断でボートをスキーと交換してきたという。
「奥田君と共同所有、しかもお金をほとんど出したのは彼の方なんだよ」と武司は母に抗議したが、うめ子は一切取り合わなかった。
武司はスキーに関心を振り向けることは不可能だった。とはいえもはやボートはない。諦め切れない思いでいっぱいだった。
ここで武司は「条件闘争」を母に仕掛ける。
「ボートを諦める代わりに自動二輪の免許を取らせて欲しい」
武司は次の好奇心のベクトルを今度は水上から地上へと向けようとした。
國學院高等学校に入学した武司は、十六歳になると自動二輪車の運転免許を取るため府中の運転免許試験場に出かけた。
ただ学科試験には法令問題に構造問題が加わり、市販の教本を読んだだけでは合格するのはかなり難しかった。教習所に通わずいきなり試験を受けに行ったもののやはり無理があり武司は失敗する。
仕方なく武司は自動車教習所に通い始めた。
母うめ子は授業料の支払いを最初は渋ったが、武司はボートを無断で処分したことに対する慰謝料に相当するものだ、とついに母を口説き落とした。
自動車教習所は家の近くで地元企業の鐘淵紡績が経営していた。
教習車はホンダ「ドリーム300」。十六歳の武司にとって教習車とはいえこれに乗れることはそれなりに嬉しいことだった。というのも子供の頃憧れていた、月光仮面のおじさんが乗っていた二輪車が白く塗装されたホンダの「ドリーム号」だったからだ。
月光仮面のテレビ主題歌は大人になってからも口ずさめたし、高熱にうなされて医者の往診を頼んだ日でさえも、母が止めるのも聞かずうつろな眼でテレビを見続けたほどだった。
確かに「ドリーム号」も魅力的ではあったが、実は武司が自動二輪車の免許取得にこだわったのには実は別の狙いがあった。