【前回の記事を読む】土曜の朝、電話に出ると「今すぐ本社に来い!!」上司の怒鳴り声に眠気が吹き飛ぶ。新聞を手にした瞬間、俺は立ちすくんだ
第一章 カリスマの降臨
〈1〉
張目健剛――この男の名を、ベンチャー業界で知らない者はいない。おそらく桐谷以外は……。周囲の学生たちは食い入るように彼を見つめている。このカリスマ経営者に心酔していた。
桐谷はとんでもなく場違いな企業に来てしまったと悟った。
皆、張目健剛と一緒に仕事がしたくて、ナイスホープの会社説明会に参加している。
桐谷のような、興味本位で参加している者などいない。しかも、桐谷はこういうギラギラした会社が一番苦手だ。
ナイスホープの説明会に参加したのだって、業種に「イベントスタッフなどを派遣」と書いてあり、(イベントでも企画するのかな。ちょっと面白そう)そんな軽い考えだった。
会社説明会の後、すぐにグループディスカッションが始まった。
会社説明会とはいえ、既に選考がスタートしている。
学生が各グループに分けられ、ファシリテーターとして一人ずつナイスホープの社員がついた。
「今日、皆さんに話し合ってもらうテーマは『将来の目標』です。話したい方からどうぞ」
その瞬間、まるで戦闘開始のゴングが鳴ったかのように、学生たちが次々と声を挙げた。桐谷のグループは、特に火薬の匂いがする学生が多かった。皆、爪痕を残そうと必死である。
「将来は必ず独立します!」
「上場企業をつくります!」
「海外に事業を展開させます!」
ライバルを叩き落とすかのように目が血走っている。桐谷のグループには、東大生もいれば早慶生もいた。中には中卒もいた。ナイスホープに学歴は一切関係ない。実力だけがものをいう尖(とが)った世界だ。
彼らの激しい自己主張を前に、桐谷は終始圧倒され、何を話したのかすら覚えていない。
(すごいところに来てしまった……)
桐谷の心中には、後悔だけが膨れ上がっていった。
ようやくグループディスカッションが終了した。あとはアンケートを書いて提出すれば帰れる。
桐谷は安堵したが、同時にどっと疲れが押し寄せてきた。萎縮しっぱなしだったせいか、頭がぼんやりして何も考えられない。
アンケートとにらめっこをしながら、ようやく手を動かし始めた。
最後の項目を書き終え、桐谷はふうっと息を吐いた。そして顔を上げた瞬間、異変に気づいた。
(……あれ?)
広い会場に、学生は桐谷一人。時計を見ると、アンケートを書き始めてから45分も経過している。
参加した学生たちは、とっくにアンケートを書いて帰ってしまったらしい。「アンケート書き終わった?」
不意に声をかけられ、桐谷はビクッと肩を揺らした。