【前回記事を読む】夫を亡くして初めての彼氏を娘に会わせると…娘の目から涙がこぼれた。「1つだけ、いいですか」という娘の鋭い質問に彼の答えは…

白無垢の約束

美咲が旅館を訪れてから2ヶ月が経った。

美咲は月に1度、旅館に遊びに来るようになった。雅彦の料理を食べ、温泉に入り、時にはよし子の仕事を手伝った。雅彦と美咲は2人で将棋を指すようにもなった。正志も将棋が好きだったと美咲が言うと、雅彦は「じゃあ勝負しよう」と将棋盤を持ち出した。

「飛車を取ったー」と美咲が騒ぎ、「ほう、やるね」と雅彦が笑う。その光景を見ているだけで、よし子は胸がいっぱいになった。

(こんな光景が見られるなんて)

旅館の仕事にもすっかり慣れた。節子とも打ち解け、2人で夕食の仕込みをしながら世間話をするようになった。

「あんた、最初来た時はへなちょこだったけど、見違えたわね」

「節子さんが鍛えてくださったおかげです」

「あら、私はただ当たり前のことを教えただけよ」

節子は照れたように顔を背けたが、その横顔は優しかった。

6月の終わり。梅雨の合間の晴れた日曜日に、雅彦がよし子を外に連れ出した。

「今日は仕事を休んでください。行きたい場所があるんです」

雅彦の車で山道を30分ほど走ると、渓谷を一望できる展望台に着いた。眼下には深い緑と白い水しぶき。遠くに連なる山々が霧に霞んでいる。

(前に来た時とは、何もかも違う。あの時はまだ2人じゃなかった)

「綺麗……」

よし子は手すりに寄りかかり、景色に見入った。空気が清々しい。梅雨の晴れ間の光が、渓谷を宝石のように照らしている。

「よし子さん」

振り返ると、雅彦がいつもと違う表情をしていた。緊張している。54歳の男がこんな顔をするのだと思うと、少し可笑しかった。

「何ですか、改まって」

(こんな顔をしたこと、なかった気がする。雅彦さんが緊張している)