プロローグ
九月一日始業式の午後。
紅葉山(もみじやま)高校茶道部二年部長の桧山柊(ひやましゅう)は顧問(こもん)の富樫丈太(とがしじょうた)から告げられたその事実に、言葉を失っていた。
自分が死んだあとでさえ、変わらずに残ると信じていたものが残らないという事実に。
絶対に起こらない状況の一つだと信じていたことが起こってしまうことに。
その日の朝には思いも寄らないことが今、起ころうとしていることに。
そして、自分にはその事態を止めることなど絶対にできない事実に。
自分の心が奈落(ならく)の底へと落ちていくのを、柊はどこか遠くから見下ろしていた。
一席目 いつもここにあるもの
一
「おはよう。おばあちゃん、桜花(さくら)さん」
柊はおりんを鳴らして仏壇に手を合わせた。
線香の煙の向こうには二つの湯気が立ち上っている。
一つは炊き立ての白米から、一つは柊が朝から点てたお薄(うす)から。
仏壇の奥には写真が二枚。向かって右側には七十八歳で二年前の十月一日に亡くなった祖母の桔梗(ききょう)の写真。茶会をした時の一枚だろう。着物姿の祖母が茶庭(ちゃにわ)を背景に微笑んでいる。
白鼠(しろねずみ)色の着物だ。写真に写るとほとんど白い着物を着ているように見えるが、実際には光沢のある銀色だ。柊もこの着物を着た祖母の姿はよく覚えている。
そして、向かって左側には六年前の十一月一日に四十五歳で亡くなった母、桜花の写真。微笑みはしているものの、家で一人の写真を撮られたがらなかった桜花らしく、職場での写真だ。こちらの服も白い看護師の制服。
