【前回記事を読む】「一言で言えば、“コウノトリは来なかった”」5年以上にも及ぶ不妊治療…何度試しても、私たちの結果は…。
第1章 「J」との出会い
コウノトリは来なかった
いくつもの不妊治療専門医を経てたどりついたのは、有名女流作家が40代半ばで子どもを授かったという最先端の不妊治療が評判の、このクリニックだった。
ある大学病院と共同で開発したという極細の針で、無麻酔による卵子の採取が可能だったのだ。
それまで私がやっていたのは、通常月に1個しかない排卵を注射で5つも6つも無理やり排卵させて採取し、体外受精させる方法だった。
排卵促進剤の注射で私の卵巣はパンパンに腫れ、疲れ切っていた。
お腹が妙に張って重く、身体が悲鳴を上げているのがよくわかった。
これ以上自分の身体を痛めるのはやめようと、このクリニックの最先端医療に最後の望みをかけていたのだった。
体外受精にかかった費用は1回50万円。
もちろん、当時は国からの補助もなく保険など使えないからすべて自費だ。
しかも、チャンスは月にたった1回。
生理が来るたびに、50万円とともに微かな希望は泡となった。
結局、私がこのために費やしたのは5年という歳月と、高級外車1台が買えるくらいのお金だった。いくら仕事が順調だったとはいえ、私にとっては大金だった。
でも、もう潮時だ。
高級外車1台が自損で廃車になったと思えばいいと、自分に言い聞かせた。