【前回の記事を読む】マニュアルには書いていない動きをする現場の部下…。行動を制止したが、彼は作業を続けて…「ブツカル!」

おごそかな挨拶

「何?」

前進する支持棒と上昇する支持棒がぶつかる寸前のところで装置を止め、指で示してくれた。なるほど、前進する洗浄篭と上昇する洗浄篭が絡み合ってしまうのだ。

「ゲンテンガズレル」

黒沼は面倒そうに支持棒の位置をずらした。

「ゲンテン」

と言って指で示した。その指の先には黒沼がつけたらしい線状の傷があった。黒沼が発見した原点、つまり線状の傷に合わせてスタートしなければ、繰り返すうちにズレが拡大し、篭が噛み合ってしまう。これはマニュアル書には書いてない。誰が操作しても洗浄機が壊れたという原因はここにあった。

「すごい! よく気づいたねー」

いい加減にしてくれとでも言いたげに黒沼の表情は怒っている。委細構わず黒沼の手を握ると、分厚いザラザラした誠実そうな手がそこにあった。

最近では事務所に入るときにちょっとしたワクワク感がある。ドアを開けたときに見える大テーブル、その中央に置かれたコップ花瓶。その中の花が替えられているとなぜか嬉しくなってしまう。

──今日の作品はいかがですか?──

コップ花瓶に花を挿した作者と対話しているような気分になるからだ。そして今回も花は替えられていた。紫色した五弁の花が一枝。

──いかがですか?──

千葉さんが問いかけてくるような気がする。

初めて自主的に行う嬉しい仕事。新島は昼食の時間を惜しんで文書を書いている。社内表彰者の推薦状を書いているのだ。

もちろん、社内表彰の対象は黒沼良治。洗浄機で独自に行った努力と工夫は称賛に値する。その結果は大きく生産体制の平準化、安定化をもたらし会社に多大な利益を与えるものである。

新島は一気に推薦状を書き上げ、一息ついたところでまた迷い始めた。これで本当に良いのかな? 喜びすぎて性急に過ぎたかな? 効果をデータ化してから提出すべきか? 一度冷静になってみよう。

新島は事務所から出て外の空気を吸った。昼休みの静まり返った現場を覗き込んだ。そのとき、暗がりからこちらを見る黒沼と目が合った。

黒沼には気をつけてください、という近藤の言葉が脳裏をよぎる。まずい! つきまとって動作をチェックしたことに気を悪くしたか? 黒沼は手柄を横取りされたと思ったか? まずい! 

何かを決意した様子で黒沼が向かって来た。黒沼に恐怖した坂下を思った。覚悟を決めたとき、黒沼は溜まったものを吐き出すように、

「ザッ……ザンギョウスル」

と言った。ぶっきらぼうにやっと吐き出した言葉だった。そういうことだったのか、ごめんなさい大変な思い違いをしていた。