おもいで語り(1)
──追悼:野口正彦君を送る

彼は渋谷西武から、私は池袋店の総務部から同じ時期に食品部に係長として配属されました。部長は同じ早大OBの菅原さんで、野口君とは同年配・(学部は違ったが)同窓というよしみで懇意にしてもらいました。当時の同僚の大熊さん、嶋田さんを囲んで麻雀に明け暮れていました。

野口君の麻雀の腕前はプロ並みで「渋谷店一三〇連勝」とか「負け知らず」といった風評が伝わり、どんな名手かと思っていましたが、その手口は(麻雀全盛期の、あの早大で牌を握ったことのない)奥手で自分の手作りで精いっぱいの私と違って、雑談の中に周りに目配りして誰よりも先にささっと上がってしまう心憎い相手でした。どんなにか貢がされたことでしょう。

たまにゴルフにも誘われ楽しい日々はあっという間に過ぎ去っていきました。

彼は「豪放磊落」を装ってはいましたが、その実細やかに相手を気遣うような性格の持ち主だったと思われます。お互いの家を訪ねたり、仕事で終電が過ぎてわが家に泊まってもらったこともありました。やがて職場が変わって、その後は年賀状でのやり取りが続きました。

四十歳になって私が食品を離れるにあたって、その十年の間にお取引先にお世話になりながら仕事のかたわら書き溜めた歴史紀行を『神話の原風景』というタイトルで自費出版しました。その時に彼からお祝いのワインとともに一文が添えられていたことを思い出します。

貴著楽しく拝読しました。ただ、一点助詞の使い方が間違っていましたよ。あなたは「仕事のかたわら」と書いていますが、私に言わせると「仕事かたわら」だったのでは云々。

そんな厳しい指摘をされました(言い訳がましく抗弁すると、西武食品館のリニューアルでは私が担当した健康食品が売り場づくりで一番いい仕事をしたという自負があります)。

その後、厄介な病気を抱えて大変な苦痛・苦労をされた様子を伺いました。

ある日、池袋の山手線のホームでばったり出会って、再会を約したのが最期になってしまいましたね。以前末期のがん患者を見舞った時、その変容振りに大変ショックを受けましたが、連絡を差し控えていたのは彼なりの気配りだったのかと思っています。

よっぽど性格が悪いのかコロナも癌も寄り付かない私ですが、そちらへ行った時は道案内をよろしく頼みます。

本連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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