はじめに

捜査機関と報道機関は事件報道を巡って対立する場合が多々ある。

代表的なパターンは、「明日にも逮捕か」の前撃ち報道である。

これは、暴力団などの組織犯罪事件においては「逃走してください」というようなものであり捜査におけるダメージは計り知れないものがある。

報道の自由は、憲法二一条で保障されるもので尊重すべきことは言うまでもない。

この背景には報道機関記者それぞれが持つ「ブンヤ魂」がある。

「ブンヤ」とは新聞屋を略した隠語で刑事を「デカ」と呼ぶことと一緒である。

一種の職人的な呼称でもある。

筆者が静岡県警察で捜査第四課を中心に暴力団事件捜査に従事していた際に多くの個性的な記者と接してきたが人間的に尊敬すべき人物ばかりであった。

捜査第一課事件を独自取材で前撃ちし、出入り禁止になった記者、捜査第二課で事前に被疑者の写真を撮影して人格を否定するような罵声を浴びせられ涙していた女性記者、官舎に一升瓶持って勉強させてくださいと夜討ちに来た国営放送局の記者、いずれも人間味あふれる一途な人物であった。

記者側から見た警察捜査についてはさまざまな作品が世に出ているが、刑事から見た報道記者についてはあまり見受けないと思う。

筆者の捜査経験でも、背中を押してくれた記事もあれば、予期せぬ前撃ちで急遽捜査予定を変更した時もあった。

昔から感心するのは情報源の完全なる秘匿である。

前撃ちのネタ元は絶対に分からない。

本書では架空の捜査第四課管理官という幹部捜査官を中心にし、一人の新米記者の取材活動や成長過程にスポットを当ててみた。