千晶が閉口していると、麻利衣が口を開いた。
「払います」
「麻利衣……」
「すぐには無理ですが、一生かけてもお支払いします。それまではずっとただ働きします。あなたの言うことは何だって従います。だからお願いします。母を、母を治してあげてください」
麻利衣は再び額を床につけて懇願した。
「無理だな。月30万の給料では一生かけても1億は払えない」
「それなら、借金します」
「おまえに1億貸す銀行がどこにある」
「じゃあ、どうすれば……」
麻利衣は再び咽び泣いた。賽子は目を閉じて溜息のような深呼吸を一つしてから言った。
「しょうがない。では、今回だけ特別にただで治療してやる」
「え……いいんですか?」
賽子はベッドに近づくと、右手で小百合の汗ばみ冷え切った左手を握ると、静かに目を閉じ何かを念じ始めた。麻利衣は立ち上がって、泣き腫らした目でその不思議な光景を眺めていた。しばらくすると、賽子がゆっくりと目を開き、手を離した。
「治療は終わった。もうこれで大丈夫だ」
麻利衣は母の顔を再びおずおずと覗き込んだ。小百合は確かに先程までの苦悶の表情とは打って変わり、随分穏やかな顔をしていた。
「お母さん、どう?」
「とってもいい気分よ。麻利衣」
小百合は微笑んで答えた。
「よかった……ありがとうございます、賽子さん」
「でも……酸素飽和度は改善していない。むしろ80%台に低下している」
千晶がモニターを見ながら言った。麻利衣は驚いて賽子を見た。
「賽子さん、母は、母の病気は治ったんですよね」
「ああ、間違いない」
「じゃあ、何で酸素飽和度が低下するんですか? おかしいじゃないですか。ひょっとして私を騙したんですか? 答えてください。賽子さん!」
麻利衣は賽子の両肩を掴み揺さぶって詰め寄った。だが彼女は目を閉じて何も答えようとはしなかった。その時、小百合が口を開いた。
「もうやめなさい、麻利衣」
次回更新は3月10日(火)、21時の予定です。