「いてて」
鍬下がやっと意識を取り戻して立ち上がり、目の前の光景に言葉を失った。
「ひょっとしてこれ、河原さんが?」
「もちろん正当防衛だ」
「応援を呼びます」
鍬下は本庁に電話をかけた。
「賽子さん、もし、さっきのお茶に薬が入っていたんだとしたら、飲んでしまって大丈夫なんですか?」
麻利衣が訊ねた。
「あの程度の薬で私がどうにかなることはない」
しばらくすると二課の刑事と板橋警察署の署員たちが駆けつけて、其田と助手を逮捕・連行していった。
「二課の方でも既にこの二人のことは捜査していたらしい。あの女は藤井京子といって、以前、治験コーディネーターとして働いていた時、アエロテカンという新規抗癌薬の治験を担当していた。
この薬は一週間内服するだけでありとあらゆる悪性腫瘍を劇的に消滅させたが、その後間質性肺炎などの激烈な副作用が出現し、死亡例が多発したため開発中止となっていた。
その時、既に出回っていた薬は全て回収され、廃棄されたはずだったが、藤井は別のルートで手に入れてすり替えたプラセボを製薬会社に引き渡し、アエロテカンを大量に手元に保管していたらしい。
そして其田とグルになって超能力気功と称し、患者に薬を飲ませ、荒稼ぎをしていたというわけだ」
鍬下が二課から聞いた話を二人に説明した。
「そうだったんですね。癌患者の藁にもすがるような思いを利用して私腹を肥やすなんて、なんて酷い連中」
その時、麻利衣の携帯が鳴り、彼女は電話を取った。
「千晶、どうしたの?」
「麻利衣、やっと気づいたのね。すぐ病院に来て。あなたのお母さんが」
麻利衣の顔から血の気が引いた。
救急病棟に駆けつけると、小百合はベッドの上に横たわり、ネーザルハイフローの鼻カニューラで酸素を吸入していた。いくつもの点滴やシリンジのポンプが前腕の血管に刺入されたチューブに薬液を送り込んでいる。ベッドサイドモニターが時々警告音を鳴らしていた。
次回更新は3月9日(月)、21時の予定です。