「おい、ミミズ男。いましばらく待ってくれ。娘に言うべきことがある。勝負はそれからだ」
ミミズ男は無言で腕組をした。承知したということであろう。
「なんだ、勝てないの。ごめんなさい」
イチコは片目をつむって、しまったという顔をした。
「あやまらなくていい。そのうちこんな日がくると覚悟していた。俺が負けたら、いつかカタキをとってくれ」
「いつかじゃなく、今日戦う」
「バカか。それでは無駄死にだ。じつはな、お前のママは魔女なんだよ。魔女は娘が一歳になるまでに子離れする定めがあるそうだ。過酷に育てて秘めた能力を開花させるのが目的らしい。それができないと、ただの人間で終わる。お前にはきっと底知れない能力が備わっているはずだ。それが芽生えるまでがんばって生き延びろ。その後で復讐してくれたらいい。分かったかい?」
キリオはイチコの頭をなでた。
「でもきっと、すぐに殺されるよ」
「大丈夫。ママが言ってた。特別な秘密があって、いまはお前を殺したりしない」
「その通りだ」
ミミズ男が同意した。それで安心したようで、キリオはイチコの腕をつかみ、隣りの部屋へ押しやった。
それが勝負の始まりだった。
二人は大部屋の中央で、畳の短辺三つ分の間隔を置いて向き合った。ミミズ男は白い手袋をしたままだが、キリオは愛用のメリケンサックを両手にはめる。
「では遠慮なく行くぜ」
ミミズ男は返事もせずただにやにやしていたが、やおら唇を尖らせた。
キリオは両腕をハの字に構え、こぶしを強く握って気合を入れた。しかし直後にはもう大勢は決まった。
ミミズ男は二回連続してツバを吐いたのだった。ツバはキリオの肘にかかる。するとメリケンサックをはめた手がポトリポトリと連続して畳に落ちた。どちらも肘から先である。おそらくツバはただのツバではなく特殊な溶解液であろう。
攻撃はなおも続いた。ツバはさらに二度発射され、呆然と立ち尽くすキリオの両足を襲った。今度は膝から下を失い仰向けに倒れた。戦闘能力は皆無のはずだがミミズ男は情けも容赦もない。青ざめて見続けるイチコの前で、相手の腹にまたがると原形が無くなるまで顔面を殴り続け、息をしなくなったところで止めた。
「約束通り、お前の命は奪ったりしない。強くなったら勝負は受けてやる」
ミミズ男はそう言い残してマスクを拾い、ゆっくりかぶると家を出てゆく。白い手袋は真っ赤に染まったままだ――
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