【前回記事を読む】店のドアには二つの札がぶら下がっていて、一つは『営業中』、もう一つは『貧乏人お断り』。

一.魔女汁

「魔女汁を飲ませてくれる?」

「そういうものはありませんが」

証拠を見せるかのように店長はカウンター越しに品書きを差し出した。

「品書きにないのは聞いて知ってる。でも、そこんとこヨロシク。カマキリ店長」

店長の小さな瞳がぐんと大きくなった。

「魔女汁のことを誰から聞きました?」

「店の近くで胡散臭いお婆さんから教わったわ。現金なら十分にあるわよ」

足元のバッグに視線を投げかけた。

「なんだ。あの婆さんに会ったのですか。困ったもんだ。あれはいかれた婆さんで、自分のことを虫人間だと思い込んでいるんですよ。しかもコガネムシだとか。笑いますよね。もしかして、この私までもが虫族とかカマキリ男とか言ってませんでした? 彼女はなぜかそう思い込んでいるんですよ。まさかそんなバカな出まかせを信じてはいないでしょうね」

「もちろんよ。でもあのお婆さんが本当に自分をコガネムシと思い込んでいるの? イメージが湧かない」

「金には不思議なパワーがあると信じているようで、宝物にしている大きな金貨をよく舐めているんです。そうしているときが一番幸せとかで、それはコガネムシの本能によるものだと婆さんは言い張ります。いかれてますよね。そもそも金貨を舐めるなんて不潔ですし――」

「何をどう信じようがそれは個人の勝手。だからつべこべ言わずに早く魔女汁を飲ませてくれる?」

「承知しました。ビール、清酒、焼酎、ウィスキー、どれで割ってもいい味がしますが」

「ストレートでちょうだい。早く」

店長は黙ってうなずくと、棚にあった鍵付きの黒い箱を解錠し小さな壺を取り出した。木の蓋を開けて特大の注射器を差し込み吸い上げると、肉厚の小さなグラスに正確にメモリをチェックしながら液を注いだ。ひと口で飲み干せる量だ。見た目はただの水と変わらない。

「これが魔女汁です。ふつうなら一滴か二滴を酒に垂らして飲むだけです。でも今日は特別サービスです。もちろんお代はきっちり頂きますよ」