もったいぶるように丁寧にグラスがつけ台に置かれた。しかしイチコはグラスを手にしたものの、この期に及んで飲むのをためらった。無色透明の液体だったのが、たまに青く発光したり緑になったり、赤や黄色とかにもなる。まるでオーロラのように妖しく変化するのを見ると疑念が生じる。

「この魔女汁が毒でないという保証は?」

「動物的な勘で、この私が敵でないことは察知されているはずです。あなたはこの私を信頼しておられる。そして私は動物的な勘でもって、あなたがこの私を信じてそれを飲むことを確信しております」

たしかに動物的な勘では大丈夫な気がしていた。彼女は踏ん切りがついたかのように魔女汁を一気に飲み干した。

「ウソでしょう。痛みが消えた。まだ食道を流れてる段階で効果が感じられたわ」

背筋がピンとなり、目が爛々と輝いている。解放感によるものか、彼女はゆっくり吐息を吐いた。すると吐息は大きなシャボン玉のようになってしまった。

「なんなの、これ?」

「心配いりません。それは魔女玉というものです。魔女汁を飲めば自ずと吐息が出ますが、それはすぐに変化して魔女玉になるのです」

魔女玉は暗い店の中で七色に変化しながらイチコの周辺を漂い続けている。

二.虫首(コオロギ)

「これはサービスの虫首です」

店長は水色の小皿をつけ台に置いた。あられ菓子のような小さな唐揚げが三個載っているだけだ。出来合いの品のようである。三個それぞれ形が微妙に異なっている。皿を手に取り顔を近寄せたイチコは、驚いた顔で口をへの字に曲げた。

「なんだ。どれも目玉が付いているじゃないの。丸いのがコオロギ、四角っぽいのがバッタ、三角みたいなのはスズメバチ?」

「ピンポン、ピンポン、ピンポン。三つとも正解です」

店長は顔に似合わず悪ふざけが好きなようだ。しかしイチコはにこりともしない。それどころか、むしろ腹立っていた。

「こんなものを食べろというの?」

「見た目では分からないもので、先にお飲みになった魔女汁とよく合います。その旨さは脳ミソを直に刺激して特殊な脳波を発生させる。それが浮遊している魔女玉に作用して、不思議なものを見せてくれるのです。百聞は一見にしかずで、まずはお試しください」

能書きはもういいとばかりにイチコは丸い虫首を箸でつまんで口に入れた。

「うっ!」

思わずうなった。

 

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