【前回記事を読む】「お買い物?」「いいえ、万引きよ」——盗んだものを父に渡せばお小遣いをくれた。特に喜ばれたのが…
二.虫首(コオロギ)
魔女玉の映像は揺らぎながら消えた。
「ミミズの化け物ですか。あれって初対面でした?」
「もちろんよ」
「追っかけてきました?」
「デパートを飛び出したあとは逃げ切ったと思った。でもしばらくして振り返ると、マネキンはまだ後方にいたの。まるでパントマイムの役者のようで、騒ぎにはならなかった」
「でもあなたはパニック、ですよね」
「いや、そうでもない。私は逃げながらあることを冷静に考えたわ」
「あること?」
「父と戦ったらどっちが強いだろうか、ってね」
「どっちだと思いました」
「それは父よ。負けるとは思わなかった。それで走るのをやめてマネキンに私から接近したの。『友達になってあげる』と言ってやった。するとマネキンは『君の家に連れてって』と要求したの。父が退治してくれると思って、わくわくしたわ」
「それでどうなりました?」
「答える必要はないみたい。魔女玉でいまから始まるよ」
――イチコは家の中で立ったまま、足先で居眠り中の男を突っついている。
「パパ、起きろ。悪そうな奴がついてきた。外で待たせてる。やっつけて」
キリオが切れ長の目をゆっくりと見開いた。まるでイケメンのアクションスターのようだ。
襖が静かに開いた。
土足の男が仁王立ちしている。挨拶代わりか、マネキンのマスクを脱ぎ捨て、ミミズの顔を露わにした。それはただのミミズではなかった。
ミミズのくせに大きな目玉がある。しかもカタツムリみたいに出たり入ったりしている。左右バラバラに動かせもする。
瞳は丸ではなく横長の長方形だ。海のタコの目によく似ている。口の形は幼児マンガの、これまたタコみたいで丸く突き出している。その先端は分厚くて赤い。
唇の周辺に等間隔で十個くらいのイボがあるのが気持ち悪い。唇の内側には銀色の尖った歯がびっしり並んでいる。人間同様に鼻や耳もあるが、どちらもただの穴に近い。必要な時だけ開き、そうでないときはかさぶたのような肉で塞がっている。
キリオはイチコに言った。
「顔の特徴をママから聞いて知ってる。こいつはミミズ男だ。悔しいが俺のかなう相手じゃないそうだ。でも堂々と戦うぜ」
自ら負けを予想しているのにキリオは慌てもしない。豪胆だ。