その日の夕方、小百合は麻利衣よりも遅く部屋に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり。どこ行ってたの?」
「うん、ちょっと観光に。巣鴨のとげぬき地蔵尊に行ってきたのよ。はい、これお土産」
少し疲れた様子の小百合は塩大福の包みをテーブルの上に置いた。
「おいしそう。ありがとう」
「それ、すごくおいしいのよ。3個も食べちゃった。お茶、淹れるわね」
小百合はキッチンに立って、湯呑を洗い始めた。その背中を見ながら麻利衣が言った。
「ねえ、お母さんってさあ、健康だよね」
しばしの沈黙を挟み、小百合が答えた。
「うん。どうしてそんなこと訊くの?」
「ほら、今朝会った河原賽子さん、あの人、第六感が鋭いのよね。それでお母さんが病気なんじゃないかって言うから心配になって」
その時、キッチンからガチャンと湯呑が割れた音が聞こえた。小百合が取り落としてシンクの中で割ってしまったのだった。
「大丈夫? お母さん」
慌てて麻利衣が隣に立つと、小百合は水も出しっ放しにしながら真っ青な顔をしていた。
「お母さん……どうしたの?」
「あの人、河原賽子っていうの……」
麻利衣は息を呑んで母の顔を見つめた。
「お母さんもその名前、覚えてたのね」
小百合は水を止めると、居間に戻り、畳の上に体を投げ出すように座った。
「忘れるわけないじゃない。河原賽子のせいであの人の人生は滅茶苦茶になってしまったんだから」
麻利衣は母に向かい合って座った。
「私も河原賽子の名前を覚えていた。
私がまだ小さかった頃、お父さんは私のことなんかより、賽子に夢中だった。家に帰ってきた時も、『賽子はな、すごいんだぞ。あの力は間違いなく本物だ。
俺はあの子と一緒に世界を変えてみせる』って毎日のように自慢してた。私も一回だけ研究所に連れて行ってもらって、賽子に会ったことがあるような気がする。それがあんなことに……。
賽子は私が那花吉郎の娘であることを承知の上で、あの事務所に引き入れたのかもしれない。何を企んでいるのか分からないけど、それでも私はあそこで働くことに決めた。あの人の超能力が偽物であることを証明して、お父さんを騙したことを謝らせてやるのよ」
「そんなことして大丈夫なの? 気をつけて」
「うん。大丈夫」
小百合は不安そうに娘を見つめた。
次回更新は3月1日(日)、21時の予定です。
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