「そうですな。今晩は先約がござり、殿のお相手ができませぬ。明日の軍議の対策で家臣と打ち合わせがあるのです。
今しがた、稲葉山城との国境より、藤吉郎から小牧に戻るとの早馬の知らせが参りましてございます。あと小1時間ほどで木下も登城すると思われます」
信長との付き合いは長く、以前のような腹痛は避けたいのだった。
機嫌の良くなった信長は、
「そうか、ご苦労である。到着後、十分に労らってやれ。奴は最近よく働いておる。よいな、犬千代とは次にゆっくり話そう」
「は、殿のお言葉、木下も喜ぶかと存じます」と言って利家はその場を下がった。
前田殿の機転のおかげで城内は平静を取り戻したのは言うまでもない。
そんなやりとりの後、予定通り小1時間で藤吉郎が肩で息を切らしながら登城してきた。すかさず、小姓が、
「木下藤吉郎様、ご出座」
小姓が、大声で藤吉郎の到着を信長に知らせた。
藤吉郎は、小牧城の虎口から一気に、息を切らせて駆け上がってきた。信長の居る大広間に通じる大廻廊(かいろう)は、約50mはあるだろうか。
「信長様、藤吉郎が只今戻りました。大変お待たせし申し訳なく存じます」
肩で息をしながら、片膝を付いて腰を落とし頭を垂れて報告した。
「やっと、来たか待ちわびたぞ」親指と人差し指を顎に添えにんまりした信長は、明日の会議で呼び出していることもすでに承知の上でそ知らぬ顔で言った。
「猿ではないか。急に呼び立てて悪いの。明日の軍議もあるがその前に帥と話をしておきたいことがある。それ故、早馬をださせた。とにかくご苦労、大儀」