尾張統一、そして小牧城へ

◆永禄6年(1563年)7月頃

「よいか、長良川周辺にいる木下へ早馬を出せ。至急、小牧に登城せよと伝えよ。殿が火急にてご所望だ」

近習は、「はっ」と一目散に城の入り口の馬場へ走り早馬を出した。

林は、殿が気にそぐわぬときはどんな物言いになるか熟知している。城中の家臣も皆、殿の性格を知っている。

しかし一方で、その言葉の裏には別の意味合いも含まれていることも皆よく知っているのだ。

信長には、普通では計り知れない秘策や天賦の才が閃いたときに発する発言行動パターンがある。家臣たちはその癖や情感の微妙な温度差に気付き右往左往するのが毎度の習わしになっている。今回も同じだった。

信長は、珍しく説明を続けた。

「新たな稲葉山城攻略とその後の館の改修で、とっておきの妙案が閃いたのよ、猿の調略活動にも良い影響を及ぼすであろう。

それゆえ、早急に話す必要があると申し伝えよ。皆の前に発する前、猿と調整しておきたいのよ。

岐阜城移転に関して捨て置けぬことよ。藤吉郎との質疑の時間は、小1時間で済む」と、林に早馬の手配をさせたのであった。

それから1時間が経過した頃だった。また信長が、猿を連呼していた。

「佐久間はおるか? 誰か在る? 犬千代、前田もおらぬのか?」

最悪の事態を回避し、信長の気持ちを鎮めるため利家が信長にすり寄って呼応した。

すると、顔色を機嫌よく変えた信長は、

「これは、犬千代ではないか。久しいの。今晩そなたは時間は空いておるのか? 旨い肴を用意させておる。久しぶりに2人で一緒に飯でも食おう。

いやその前に、猿との連絡は付いたのか?」と今晩の予定も含めて問いただした。