尾張統一、そして小牧城へ

◆永禄6年(1563年)7月頃

その日も信長は、〝かん高い声〟で家臣に次々指示を出していた。その声は表御殿で政務を行う家臣たちにも聞こえるほどだ。

「誰か、おい、藤吉郎を呼べ。猿はおらぬか? おい、誰かある?」

そのとき、佐久間は信長のいる天守大広間の近く書院場で書状の整理をしている最中だった。書院は大広間に通じる大回廊の中間あたりにある。

大回廊の両側は、ふすま扉が続き、その障壁画は狩野永徳らに描かせた豪華絢爛な唐獅子や檜や牡丹や松鷹、天井には竜や草木華を漆や金糸銀糸、朱や緑をふんだんに使った色彩あふれた内装が施されている。

佐久間のいた書院は、天井と鴨居の間には栗鼠や兎、猿、葡萄のはいった透かし彫りが施されていた。佐久間は趣のある落ちついた部屋で仕事をしているところだった。

しかし、一向にやまぬ信長の叫び声を聞き、居ても立ってもおられず、書院から大廊下に飛び出していた。そして、近くを通りかかった岩田を見つけ声をかけた。

「岩田殿、ちょっとこちらへ。良いところにご登城くださいました。先ほどより殿が、木下はどこに居るかと何度もお尋ねです。『猿が、どこに居るか知らぬか』そう言ってずっと探しておる。ほら、また声が聞こえてきたわ」

「木下がどこにいるかは、わからない。しかし、たまらないのお。このまま放っておくと、またご機嫌が悪くなるであろう? 

しかし、信長様は、いつも藤吉郎を気にかけているように思える。2人には特別な関係でもあるのか? 怪しい仲とも思えないが。

いや、絶対にない。殿には、れっきとした正室帰蝶様がおられる。しかも、領内には側室の生駒家の吉乃様もいる。そんなわけがない。そう考えると、よほど木下をお気に召されたのか」