「儂が27歳のときだった。桶狭間で起こった戦いの事じゃ。
我が手勢は、当初わずか700あまり。それで熱田神宮で祝いの酒を酌み交わし、〝敦盛〟を舞い出発した。今川は約2万の軍勢だった。それに対峙するため奇想天外な戦の仕方も考えたぞ。奇襲作戦で崖から駆け下り攻撃するとかな。
しかし真正面と側面からぶつかる普通の戦略をとった。織田の兵は厳しい武芸の鍛錬を毎日積んでおる。そのことは、白兎、家康も竹千代時代から知っていることだ。
一方の今川は公家のような兵士の集まり、敵ではないわ。しかし数では圧倒的に負ける。それゆえ領土の境目あたりの三河僧たちに黄金(きんす)を与え、偽情報を流したのだ。もちろん家康の協力も得た後でな」
「それは、どんな情報でござるか?」藤吉郎が聞くと、信長は言った。
「三河の僧にこう言わせたのだ。
『敵はこの辺にはおりませんな。織田勢はまだ見かけておりもうさん。あの向こうの山道を行く姿を見ましたな。そうそうあの山の横を登っていったのが見えもうした。
どうやら奇襲攻撃を画策して、あの山の脇あたりで騎馬を駆け下りるとお見受け申す。それゆえ、あの峠で待ち伏せすれば、今川の殿様は、物見気分で楽勝ですわ』と――。
それから戦勝祝いで旨い酒と肴を献上させたのよ」
三河の僧を味方につけ、見せかけ戦法で酒盛りを今川勢に薦めるよう仕向けたとは――。
次回更新は3月4日(水)、19時の予定です。
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