桶狭間の戦い、秘策中の秘策

◆天文3年(1534年)〜永禄3年(1560年)頃

藤吉郎は音を上げた。すると信長は、手振り身振りを交えてこう述べた。

「戯言を申した。すまんの。そこでだ。

儂は、戸部の奴が今川義元を謀反で儂に通じ裏切ることで、義元の首を獲る段取りを書き綴り、儂、つまり信長宛ての書状として書かせて、偽の書状を今川領内にバラ撒かせたのよ。

それを、尾張の忍びに商人になりすまさせて送りこみ、今川義元の元へ届けさせただけのことよ」

「それで、どうなったのでござるか?」

藤吉郎は居たたまれず、身を乗り出して話に聞き入っていた。城内には、人払いをしていて誰も居ない。それをいいことに信長も藤吉郎を喜ばせようとして、楽しそうに話を続けた。

「この話の続きを知りたいか? 藤吉郎」と、にんまりして目じりを下げて、藤吉郎を見た。

「信長様、あんまりでございます。この猿めは面白過ぎて、先が早く知りとうございます」と藤吉郎は懇願した。

「わかった。儂が、図に乗り過ぎようだ。義元は、まんまと騙されたとも知らず、烈火の如く怒り戸部豊政(とべとよまさ)を謀反人として決めつけた。詳細な審議もせずに謀反人にしたのよ。そして奴を捕らえた」信長は笑った。

「儂らは、こうして奴を謀反人に仕立てることに成功した。奴は義元の警備の者に捕らわれ、戸部のどんな釈明にも聞く耳を持たなかった。

それで、駿河まで来ることも、謁見(えっけん)も検分も許されず、三河吉田あたりで、武士らしく成敗されたわ」と信長は、顔色を変えず話した。