「間違っていると言うなら東さんや今までに命を差し出してきた人すべてを否定することになる。もちろんそれが悪いと言ってるわけじゃない。誰にだって色々な事情があるんだからな」

「それでも……やっぱり私は納得できません。だって遅かれ早かれ人が死ぬのは当然ですし、心構えくらいはしてないと――」

「全員が全員、心構えができた状態で別れられるとは限らない。多くの別れはある日突然やってくる。そのほとんどが到底納得のいくものじゃない。分かるだろう」

成績の悪い生徒に優しく説明する教師然とした口ぶりだったが、葵は「分かるだろう」の前に『それくらい』と付け加えられている気がした。

「幻滅したか?」

「え?」

「大切な記憶か命のどちらかを奪うっていう死神の都市伝説のタネがこんなので」

涼子は愛する家族がいた記憶を失う代わりに命を得た。仮に、意識不明の重体である涼子の深層意識に現れた課長が『夫と息子の記憶を奪う代わりにあなたの命を救えますが、いかがいたしますか』という提案を持ち掛けたら、はたして涼子はその取引に応じただろうか。

確証は持てないが、涼子なら拒否するだろうと思った。

(涼子さんは死神に家族を奪われたんだ。でも本人はそれを知らない。正しいかなんて、幻滅したかなんて、そんなの私に判断できるわけない。だから――)

「確かめさせてください」

意を決して課長の瞳を見て言うと、その眼差しが少し柔らかくなったような気がした。心なしか口角が上がっているようにも。

「確かめる、か」

「はい。大切な人を救いたいがために自分と、場合によっては子どもたちの命まで差し出すことが本当に正しいことなのか。それと……どうして私を巻き込んだのか」

こうして葵の人生に死神という不可解極まるものが関わることとなった。