【前回記事を読む】おかずは冷凍食品や缶詰。子供だけで留守番させて、ひどい食事をさせていた。それでも、旅をやめられなかった理由は…

第一章 アジアへの憧憬と初めての店創り

2 アジアへの買い付けの旅

タイ語も話せないのにタイに買い付けへ

カンボジアで購入したアンティークシルクは日本でもかなり高く売れました。カンボジアの新しいシルクは毒々しい色で派手なものが多いのですが、アンティークのものは落ち着いた色合いで手触りもしなやか。

希少価値なので、見つけるのも大変だし現地でも高かったのですが一目惚れ。できれば手元に残しておきたかったのですが、泣く泣く手放しました。

いつも格安チケットで行っていたので、帰りの飛行機に預ける荷物は20キロしか認められません。買い付けに行く時は子どもたちの着なくなったTシャツなどを持参し、着たら捨て、帰りの荷物はカメラとメガネと財布とパスポートくらい。

買い付けの荷物は空になったバッグにぎゅうぎゅう詰めて、機内には持ち込めるだけ荷物を持ち込みました。モン族の刺繍のジャケットのように重たいものは重ね着したり、帽子やスカーフは身に着けたり……。

少しでも送料を減らせるよう、帰国の前日はいつもパッキングに追われていたので、ホテルの部屋中荷物だらけ。インボイスの書き方を教えてもらい、手荷物と送るものを分け、買い付けノート(買った商品と価格を記録する)を記入するなど、大忙しでした。

アジアの旅は私の元気の素

買い付けの間はとにかくよく歩くので、朝に足マッサージ、夜にオイルマッサージをほぼ毎日やっていました。しかもとても安い!

バンコクは温度と湿度がとても高く、ホテルは冷蔵庫のようにキンキンに冷えているので、その落差にいつも夏バテ状態。でもマッサージのおかげで体調を崩すこともほとんどありませんでした。

カンボジアのマーケットに行った時のこと。マーケットに出店するには場所代を払わなければならないので、ある程度の経済力が必要です。貧しい女たちはマーケットの中では店を出せず、駐車場や空いているスペースにパラソルを立て屋台で販売しています。

でもさらに貧しい女たちは店構えもなく、ただゴザを敷き、どこから調達してきたかわからないバナナや豆などを、無造作に並べて売っていました。値札なんてありません。

暑いのに日差しを遮るパラソルもなく、乳飲み子を抱え、ボロボロの服を着て、疲れ切った様子でバナナの前に座っている女の人がいました。もしかしたら夫は地雷で手足をなくしているのかもしれません。住んでいるのもどこかの軒先で家がないのかもしれません。

明らかに市場の中にいる女たちより生活が大変そうに見えました。この国では夫が戦争で手足を失っても社会保障がないのです。

その姿を見た時、私には雨風凌げる家があり、店がある。日本ではいよいよ食べられなくなったら、生活保護もある。