【前回記事を読む】急遽決まったタイ渡航! 話せる言葉は「サワディ・カー」と「コープン・カー」だけ。そんな状況を打破した意思疎通を取る方法
第一章 アジアへの憧憬と初めての店創り
2 アジアへの買い付けの旅
タイ語も話せないのにタイに買い付けへ
以来、半年ごとにタイを拠点に、ベトナム、カンボジア、ネパール、ミャンマー、ラオス、インドなど楽しい3人組であちこち買い付けの旅に行きました。
途中からひとりでも行くようになりましたが、複数で行くとガイドやタクシーなどの経費が割り勘できるので、結果、もっと安い旅ができました。
また食事の時もひとりではあれこれ食べられないので、注文が限られますが、みんなで何品か頼んでシェアするので、バリエーション豊かな食事ができました。
出発前に現地にあるNGOを調べ、そこへ出向いて話を聞き、生産現場を見学し、商品を買い付ける。現地に住んでいる日本人がいたら、会いに行って情報も仕入れる。
当時はまだインターネットがあまり普及しておらず、連絡は国際電話。高い電話料金がかかって大変でした。買い付けの合間に観光したり、美味しいものを食べたり。いつもカメラ片手にたくさんの写真を撮ってきては店に飾りました。
いつの間にかそんな旅のスタイルが出来上がり、行くたびに山ほどの雑貨を仕入れ、持てるギリギリまで機内に持ち込んで、残りをUPSで日本に送りました。
買い付けの間は「ただいま買い付けのためお休みします。○月○日、帰国します。ベトナム雑貨が入荷予定」などシャッターに貼って出かけていたので、いつのまにか「現地で買い付けたものが買える店」としてお客様も帰国を待って来て下さるようになりました。
留守中は友達に家に泊まってもらったり、後半は無謀にも子どもたちだけで留守番させたりしながら、買い付けの旅を続けていました。 留守の間、ガスを使って調理するのは心配なので火気厳禁。
ご飯だけは炊いてもらいましたが、おかずは冷凍食品を電子レンジで温めたり缶詰など。パンやシリアルやお餅など、山ほどの食材を買い込みましたが、火を使わないで食べられるものなんて質はしれています。
わかっていながらも随分とひどい食事をさせてしまいました。私が留守にすれば食事が疎かになるとわかっていましたが、それでも私は買い付けの旅をやめることができませんでした。