【前回記事を読む】展覧会で観た「写真力」——最後の展示室、被災地の姿を前にした私たちは……

8 河津桜

食事をする店を探すもののなかなか見つからない。出店の方々は積極的なのだが、お店の方はそうでもないようなのである。入店してずいぶん待つのに、茂木健一郎似の店主は「ちょっと待ってて」を繰り返す。

下膳(さげぜん)された盆の重なる店内のなか、15分ほど入口で待つものの一向に案内されず、席に着いてもメニューは出てこない、周囲からも催促が重なるなか、その茂木健さん似の店主は悪びれもせず「忙しいんでちょっと待ってて」を繰り返すばかりである。

隣のおばさんたちが、何度目かの「お茶ちょうだい」を繰り出したあと、自ら立ちだし、奥の方から急須を持ってきた。「ねえ、この急須洗ってあるの?」などと半ばあきれながら笑っている。

食事はめちゃめちゃ美味である。あじの刺身と金目の塩焼き、ご飯も味噌汁もとてもおいしい。お店がひと段落すると、茂木健さん似の店主は寛ぎだした。

この忙しさでパートさんがストライキを起こし、自分ひとりで店を切り盛りしているんだとのこと。この花見の繁忙期のために、忙しくない時期からおばさんたちを雇用し、利益を諦めて備えていたんだそうである。

それがこの繁忙期にきて、あまりの忙しさにおば様たちはギブアップしてしまったとのこと。「なんのためにねえ……」などと、さして困っているようでもない表情で、店主はため息をつくのである。

店主は、「うちの魚はおいしいでしょ? ファンも多いんだよ」と、自分の店の味自慢をはじめる。聞いているうちに楽しくなって、来年も来る約束をすると、「良いのは桜の時期だけじゃないよ、夏もなかなかだよ」などと言うものだから、私たちはますます楽しくなってしまう。

待たされたおかげで仲良くなった隣のカップルとも話が弾む。

茂木健さん似の店主の悪びれのなさ、のびやかな明るさは美味な魚と同じくらい魅力的だ。いらいらしはじめていたこちらの感性を見事にひっくり返してくれる。

愛想がないのは、観光地ずれもせず、目の前のことに誠実であろうとする地域性なのかもしれない。

河津桜はヒカンザクラと早咲きオオシマザクラの交配種だそうである。ソメイヨシノの控えめな色の花ばかりが桜ではないのだ。駅や桜並木を案内してくれる観光協会の人たちの頑張りと、のびやかでおおらかな人たちのアンバランスさ、河津というところはかなり魅力的である。なんだかとても楽しいお花見となった。