【前回記事を読む】【AI協働】技術の“見える化”で効率は上がっても、勘や歴史的知を含めた100%は再現できない。しかし、多くの人が…
第五章 我々は、なにを学び、どこへ行くのか
開店には、まだ2時間ほどある。〈Patina〉の店前では、黒塗りの社用車が秋の残照を浴びていた。カウンターの角に、世耕オンタイとネイビーが座っている。ふたりの間には、大きめのアイスバケットに氷が満たされ、日本酒の四合瓶が冷やされている。
山口県岩国の〈雁木〉スパークリング純米生原酒。タエさんは、午後のあいまいな時間に合わせて、ムカゴの塩茹で、洋梨、そして地元で評判の良いお煎餅屋さんの揚げおかきを酒肴にした。
世耕さんは、秋葉原の電気街から身を興し、半導体など電子部品を扱う専門商社やEMS(電子機器受託製造サービス)の企業グループを発展させた、立身伝中の人物だ。早いうちに経営を後進へと託し、現在は、働くひとたちの未来を豊かにできないかと、国内外の投資家や経営者と意見を交わしながら、あちこち飛び回っている。
ネイビーと世耕さんの出会いは、20年以上前になる。当時ネイビーは、実力のある全国の中小企業が手を組みながら発展していけるような、ビジネスマッチングシステムを画策していた。
たとえば、自動車の精密部品を製造する企業の中には、その基幹技術を応用すれば、医療機器の製造を手掛けられるところもあるだろう。しかし、組織が小規模であると、転用のための設備投資や異業種への販路開拓まで、なかなか手が回らない。結果、業績は単一の業界顧客の浮沈や、コストカット要求に左右されてしまう。
すぐれた中小企業の底力が、下請けとして安価に叩かれるのではなく、価値として認められるために、個々の技術や販路をネットワークしてシナジーを生み出せないか。町工場の界隈では、知り合いの職人同士で仕事を手伝い合うことを〈仲間回し〉というが、ネイビーはそれを、より効果的・大規模な互助システムに仕立てようとくわだてていた。