【前回の記事を読む】旅で会った中国人は「戦争は日本国民ではなく、軍部の責任だ」と言ってくれたが…「私達の預かり知らぬこと」では済まされない
ムーくん
ムー君は、明朗で才気煥発な子どもでしたね。
教えたことは何でもよく覚え、仕事が終わった医師のお父さんが「何か英語で言ってごらん」と促すと、教えた挨拶をペラペラ英語で言うので、私は「ほっ」としましたね。
おくさんが親切な方で、たくさんお月謝をもらっていました。
英語の他にも沢山の習い事をしていたようです。「そんなにお勉強して、ムーくんは将来何になるの」と聞くと、「そりゃあな、お医者さんにならんとな」と無邪気な小学1年生なのに、お父さんの後を継ぐ自覚を持っていました。
とは言っても、わずか7歳、集中力が切れてお母さんがお茶を運んで来てくださった時に、ちょうどタンスの上に登っていたり、騒いでいることもありました。私はハラハラ、ドキドキしていましたね。
ある時は勉強中に熱が出て、私が階下に知らせに行くと、お母さんや医院の従業員さん達が「知恵熱が出たのだろう」と笑っていました。従業員さん達皆が、ムー君を甘やかすのではなく、温かく見守っていて、「ムー君はみんなに愛されて幸せだな」と思いました。
物おじせずに、何でもはきはき無邪気に自分の気持ちを言えるムー君はとても魅力のある子どもでしたから、皆さんも可愛かったのでしょうね。
別の晩、「お姉ちゃんと一緒に食べるために、おやつを買って来た」と言って、ポリ袋の中のパンを揺すって見せてくれた時は胸が温かくなりました。
お母さんが、「おやつはもう準備してあるのだから、それは出さない」と言われると「何で、どうして? 僕がお小遣いでわざわざ買ってきたんやで」とすごく憤慨していました。
厳しいようでも押さえつけていないから、こういう風にのびのびと自己主張ができるのだなと妙に感心したことを覚えています。