【前回の記事を読む】「わがってほしい。一緒にいだがった。お前といつまでも!」もう直ぐあの巨大津波が町を襲う。それまでに俺が伝えたかった事は…
時空の溶解
愛子が立ち上がる。もう午後の授業が始まる時間だ。
「競争!」照れ隠しで走り出した愛子を、切ない気持ちで工藤は追いかけた。
その時間まで、結局工藤は祈る他なかった。事実を隠している胸が何度も潰れそうになる。だからずっと愛子を見ていた。彼女は授業そっちのけで、ずっと手紙らしきものを書いていた。何度もみた光景だ。そして運命の午後2時46分を迎える。
衝撃的な揺れ。女子の何人かが悲鳴を上げた。教室の机が一斉に横移動し棚から何十冊とある本が落ちた。
「落ち着け!」
叫ぶ教師自身が明らかに動揺していた。みな立っているのもやっと。机の下にもぐろうとするが、激しい横揺れでそれもままならない。工藤を除いて誰も経験したことのない揺れだ。
間もなく校内放送が流れ校庭へ出るよう指示された。一度収まったかに思えた揺れは、そのあと小刻みに何度も続いた。工藤は率先して皆を落ち着かせた。騒ぐ男子をなだめ、不安げな女子を励まし、皆を校庭まで誘導した。そのうち校庭は生徒で溢れかえった。
凶暴なあの波が来る前だ。巨大な地震には驚いても、まだどこか突発のアクシデントを楽しんでいる奴らもいた。
視線の隅に愛子を捉えるが、まだ彼女に変化はない。女子の友達と肩を寄せあっていた。
やがて学校側でも津波の情報をつかんだのだろう。教頭がマイクで学校裏の高台へ避難する旨を発表した。
それまで余裕のあった生徒たちの表情が、『津波』という言葉で一変する。ここ福島県浜通りは、海沿いに住宅が多い。