ナオミは無事面接を通過して採用された。母語が英語であることと、高校からの日本留学経験があり日本語に堪能なことが決め手になったらしい。

加えて、丁度県立大が男女雇用機会均等法に基づいて、女性教員比率促進プログラムを実施中だったことが有利に働いた。最終候補に残った三名はいずれも甲乙つけ難かったが、そのうち二名は男性だった。

採用事情にまつわるそんな事情を、着任後に学群長の長谷部恒彦教授に聞く機会があった。その時長谷部が言った、運も実力のうち、ということばを、ナオミはそのまま素直に受け取ることにした。

博士号を持つ助教の任用は、同学群では初めてのことだった。終身在職権を持たない任期制、いわゆるテニュアトラック制での採用で、五年の任期内に論文や著書などの十分な業績を挙げて、あらためて講師等の研究職に任用されなければ、経歴が途切れる。

峰坂市北西部の郊外にある県立大学の南には、貯水池と小高い丘、そして県立図書館がある。

北には森林、東には片側二車線の幹線道路、西には林を挟んでカトリック系の私立六花女学院高等学校がある。六花女学院の教会には、高さの異なる三角柱を四本束ねた形の、斬新なデザインの尖塔がそびえる。

やや黄色いオフホワイトの二等辺三角柱は、直角の頂点が尖っている。尖った角を真ん中にして、真上から見ると正方形を形作るように、四本が肩を寄せ合い、最上端には銀色の十字架が掲げられている。

その姿を見ていると、ナオミは、ふと、想像の翼を羽ばたかせることがある。あの十字架の高さからは何が見えるのだろうか。人が高みに誘われるのは、この世を広く見渡したいからなのだろうか。

いつか父ケビンが言っていたように、綺麗なモザイク模様が見えるのだろうか。雲の上から自分を見る気持ちになれるのだろうか。

グローバル文化学群研究室には二人の助教の机と、書棚と資料キャビネット、そしてパソコンやコピー機などがあり、教員や学生が出入りする。研究室のある人文系学群棟は三階建てで、東側道路に面した門を入って四〇メートルほど歩くと右に見えてくる。

えぐられたようにカーブした入口のある南側は、床から天井まで届く大きなガラス窓で覆われている。内部はアトリウムになっていて三層の四辺形の回廊が巡り、階段が三カ所に、そしてエレベーターが二基ある。

一、二階には教室、会議室、図書室、実習室などが配置され、三階には教員研究室、学群研究室、小会議室などがある。

大きな天窓がある広々とした空間は、開放的で気持ちが良かったが、熱がこもりやすい難点もあった。京都駅のように構造が複雑で、方向音痴のナオミは慣れるまでに何度か迷子になりもした。だが、彼女は、学群研究室や回廊の窓から見える教会の尖塔を眺めるのは好きだった。 

試し読み連載は今回で最終回です。ご愛読ありがとうございました。

 

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