【前回の記事を読む】カリフォルニア大学で出会った、魔法が使えそうな学生——彼は、「かけそば」に「ケチャップ」をたっぷりかけていた。
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峰坂は北日本の垂水県に位置し、日本海に面している。東京から新幹線で二時間弱、人口十七万人の地方都市だ。近隣を川幅豊かに流れる萩野川は、古くから水運が盛んだった。
峰坂はそれを利して流域から船荷を集積し、海運の要衝として栄えた。江戸期以降は、北前船で紅花など北方の特産品を上方に運び、復路で都の香りを伝える文物を地元にもたらした。
廻船問屋として財を成した豪商迫(はざま)家は、峰坂の経済と文化の発展に力を尽くし、多くの俊英を輩出した旧粂田藩の藩校経綸館の創設に与った。現在の県庁所在地は内陸の黒羽市だが、峰坂が県立の大学や図書館を擁するのは、このような来歴による。
迫家の支援を得て峰坂に伝わり開花した文化・学問・商業・芸術・芸能の一端は、同家旧邸宅である市博物館に見られる。収蔵される古文書、版本、和洋図書、絵画、彫刻、陶磁器、工芸品、民具には稀覯品が少なくない。
毎年恒例の国内最大級の雛人形展示には、多くの人が足を運ぶ。花柳界もまた、京都から移入された伝統芸能を継承し、残存する置屋が観光協会と提携して芸妓の育成を続ける。市内の老舗が作る和菓子「霞の月」は、京菓子の伝統を異郷の地で今に引き継ぐといわれる。
幕末から明治期に建造され、戦災を免れて市内に現存する木造洋風建築には、尖塔を持つものが多い。郡役所、警察庁舎、尋常高等小学校、師範学校、病院、教会天主堂などが、見る者を郷愁に誘う。
大正・昭和期以降は、公共施設や商業建築にもしゃれた尖塔が立てられた。水道施設、モール、ホテル、ミッションスクール、乗馬クラブ、結婚式場などに、近代的あるいはレトロな塔がそびえ情趣を添える。
空に伸びるこれらの尖塔は、天界に近づきたいという、人間の淡い願望の表れのようにも見える。同時に、どこか郷愁をそそる峰坂の風土や、心地良さを覚えるその雰囲気を醸し出すのに、一役買っているのかも知れない。ご多分に漏れず人口減少と高齢化が進んだが、住みやすいと人づてに伝わるにつれ、Uターン組や移住者が増えて過疎化にやや歯止めがかかりつつある。