そしてP氏と意気投合する性格も、彼の興味深い点だった。権力から不当な扱いを受けていると強調すれば彼を味方にするのは簡単であり、P氏も彼の性格や考え方を利用しただけとも理解できるが、単なる政治的な結託ではない近しさが二人には最初からあった。
そもそもベンチャーの旗手として改革派を自任しているP氏と、W社の設立理念を掲げて改革を拒否する抵抗勢力の中心になっているQ氏とでは立場だけでなく日頃の主張も明白に異なっており、何か心理的な面で共鳴するところがなければ二人の親密な関係は成り立たないはずだった。
自己正当化のための言動を繰り返すP氏と彼を保護するQ氏の関係に困っていた頃、私はW社の年配の社員から印象深い言葉を聞かされた。何かの思い込みからP氏が自分を中傷したことを知りながらも動じている気配がないその人は、怒らない理由を説明するかのように「彼は詩人だから」と静かに言った。
P氏はたしかに詩人だった。職場に明白な私情を持ち込んでおきながら「ボクと社長だけが本気でこの会社のことを考えている」と悲壮感に酔うように私の前で言ったことのある彼は、詩を作る技能はなくても詩人気質には恵まれていた。
Q氏も似ており、ロマン主義的な気分で想像の正義に陶酔できる彼は、現実を散文的に把握するほうには考え方だけでなく気質や性格も向いていなかった。
詩やロマンを求める気分と政治的な正義が結びつくのは二十世紀においては世界的に珍しくない現象であったらしいが、二人は個人的な情念とともにその伝統を新しい世紀にも持ち込んでいた。
「万年好青年」と年下の社員から評されたP氏だけでなく、Q氏も年齢に似つかわしくないほど純真であった。
問題意識の型で現実を解釈するのが高級だと思い込む性質、自身のレベルに合わせて他人の知性を低く見積もる傾向、いずれも中二病の症例ではないかと思えるが、詩情に酔う彼らに自らの言動を見直す気はないらしく、二人が主役を務めているW社やX社を救うのはどうやら絶望的に困難であった。
彼らが世間知らずの若者のように借り物の正義を武器にして尊大に振る舞えるのは、他者を理解する必要が比較的少ない職種で働いてきたことだけでなく、育ってきた時代が大きく変化していないこともおそらく関係していた。
迷惑ではあっても私が二人を憎めないと感じるのは、時代の条件を彼らと共有しているからでもあるらしく、彼らが昔の知識人と似たようなことばかり口にして満足しているのも、平和な時代が長く続いてきたことの証しだと思えば容認せざるを得ない面があった。
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