【前回記事を読む】40代独身上司が20代の部下にデートの申し込みを繰り返す行為が発覚。問題化の末、会社の下した判断は…
第一章 幸せなおじさんたちの罪
―崩壊する「科学技術立国」の現場
学生運動の世代とリストラ圧
さらに彼はアカデミア的と言われるW社で長く過ごしてきたために、室長クラスの研究者は大学教授と同じで地位を簡単には奪われないはずだと信じており、P氏の解任をW社に対するリストラ圧と結びつけて大げさに解釈しようとする傾向があった。
そしてQ氏はW社の環境や現在の人間関係とは異なるところでも複数の事情を抱えていた。一つは彼が育った時代の影響であり、彼の言動にはそれがそのまま表れていると感じさせる節が数多くあった。
Q氏はいわゆる団塊の世代に属していた。生年で人の性格や言動まで説明するのは普通ならためらわれるが、彼の場合は学生運動の時代の熱気を率先して引き継ごうと励んでいるとしか思えない面があり、親会社の役員にかみついたときの態度にもそれが濃厚に表れていた。
さまざまな問題を正しい我々と間違っている権力の二極構造で理解しようとする考え方はいかにも全共闘世代らしく、四十代独身の上司が二十代の部下に交際を求めたという事実を彼が受け容れられないのは、国家や大企業などの巨悪を糾弾するほうに特化した彼の問題意識が何の変哲もない現実に対して無力だからでもあった。
W社を大学に見立てて聖域化し、自由と独立性を制限しようとする親会社を邪悪な権力と見なして戦う彼は、その正義を疑わせる言葉を発する者も敵として扱う発想に支配されており、自分は何か勘違いしているのではないかとは思わないらしかった。
Q氏の正義は身近な実態を無視することで維持されていた。W社を聖域視する根拠となる理念に納得できる面はあっても、数多くいる社員のなかにはその価値を下げている人もおり、例えば私の上司だったL氏は安易に高い評価を求める点取り虫的な振る舞いで他の研究員から非難されていた。
そして彼が採用した三十代の研究員は彼に飼い殺しにされているとぼやきながら仕事をあまりせず、自己中心的な放言を繰り返して時間をつぶし、さらに優生学を肯定する持論を展開するなど、W社の理念におよそふさわしくない日常を過ごしていた
。彼らと同じ部屋にいた私は、この堕落した様子が知られたらW社は本当に潰されそうだと思うことが多かった。
国家権力を問題にするのが好きな左翼系の人は、市民社会的なものを理想としてそれが簡単に実現すると思い込みやすい。権力の介入を問題にしてW社の自由を守ろうとするQ氏は現実がいかに堕落しやすいかを身近な人々の実態から学ぼうとしておらず、聖域が親会社の収益に依存している事実にも頓着していなかった。
彼が身近な実態を軽視するのは敗戦後の日本で主流になった正義に忠実だからかと思えるが、なぜ五十代になっても正義や理想の質を現実に学んで高めようとせず、世間知らずの若者のように独善的に振る舞うのか、それが私には謎であった。